カバの「赤い汗」の色素は、上野動物園のカバ2頭の汗から見つかった
定番雑学の"その先"No.216

カバの「赤い汗」の色素は、上野動物園のカバ2頭の汗から見つかった

カバの汗は無色で出て、数分で赤くなる。

グレーGRAY

この判定の対象「カバの赤い汗は、日焼け止めになっている」

うなり度 読む時間8分 出典5件 確認した事実35件
もくじ
  1. カバの汗は、出た直後は無色で、数分で赤くなり、やがて茶色になる
  2. 色素はとてもこわれやすく、濃くしようとするたびに茶色になった
  3. 汗の中から、赤とオレンジの2つの色素が見つかった
  4. 2つの色素は紫外線を吸収し、細菌の増え方をおさえた
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

東京の上野動物園に、ジローとサツキという2頭のカバがいました。飼育係の人が、この2頭の体の汗を、消毒ずみのガーゼでふき取ります。そのサンプルを、横浜の慶應義塾大学まで運ぶのです。カバの汗の色を研究するためでした。

ところが、大学に着くまでの1時間半ほどの間に、汗は茶色に変わってしまいました。しかも、ふき取りに使ったガーゼには、もともと抗生物質(細菌をおさえる薬)がついていました。研究チームは、それを危うくカバの汗の成分として分析しそうになったといいます。

「カバの赤い汗は、日焼け止めになっている」という話を聞いたことがあるでしょうか。この話に関係する研究が、2004年に科学誌「ネイチャー」に載った、日本の研究チームの論文です。最初に名前が出ている著者は、慶應義塾大学の犀川陽子さんです。研究チームは、汗を赤くする2つの色素を取り出しました。でも、そこまでの道のりは、失敗の連続でした。

この記事では、まずカバの汗がどんな汗なのかを見ます。次に、色素を取り出すまでの苦労を、研究者自身が書いた日本語の論文でたどります。この論文は2006年に、橋本貴美子さん(京都薬科大学)、犀川さん、中田雅也さんの3人が書いたものです。最後に、「日焼け止め」という話がどこまで確かめられているかを確かめます。

01カバの汗は、出た直後は無色で、数分で赤くなり、やがて茶色になる

2004年のネイチャーの論文によると、カバの汗は、出たときは色がなく、ねばねばしています。それが数分のうちに赤くなり、やがて茶色に変わります。研究チームが2006年に書いた日本語の論文では、茶色に変わるまでは数時間です。

赤い汗を見た旅人が「カバは血の汗を流す」と伝え、この不思議な話は世界中に広まった、と研究チームは書いています。でも、これは血ではありません。汗の中でできる色素の色です。

カバの汗は、ちょっと変わった所から出てきます。研究チームの説明では、カバの汗は、1つで1mLもの液をためられる大きな皮下腺(皮ふの下にある、液を出す袋)から出ます。正式には「汗」とは呼ばないらしい、とも書いています。この液は、pH8.5〜10.5ほどのアルカリ性です。

カバは、毛がほとんどない体の全体から、この汗を出します。昼は出すが夜は出さない、興奮すると出す、水の中でも出す、という観察があるそうです。

02色素はとてもこわれやすく、濃くしようとするたびに茶色になった

研究チームは、まず汗の運び方を変えました。消毒ずみのガーゼをやめて、実験用の紙のワイパーで汗をふき取ってもらいます。そして、ふき取ったサンプルをドライアイスで凍らせて運び、大学に着いたらすぐに水で成分を取り出しました。

それでも、色素は手ごわいものでした。ふつう、生き物から成分を取り出すときは、液を濃くしてから分けていきます。ところが、カバの汗の赤い液は、濃くすると茶色の大きな分子(高分子)に変わってしまいました。酸を加えてアルカリ性を消しても、有機溶媒(油になじむ液)で取り出そうとしても、凍らせて保存しようとしても、結果は同じでした。

研究チームは、何度も失敗をくり返しました。そして、色素の濃さが、1リットルあたり10万分の1モルほど(とても薄い濃さ)までなら、茶色にならずにすむと分かりました。

汗を集められる時期も限られていました。ゴールデンウィーク明けから10月ごろまでの、週に1度ほど、それも晴れた日だけです。

03汗の中から、赤とオレンジの2つの色素が見つかった

研究チームは、分子の大きさで物を分ける「ゲルろ過」という方法を使いました。すると、汗には茶色・赤・オレンジの3種類の色素があり、この順に分子が小さいことが分かりました。

赤い色素はそのままではこわれやすいので、研究チームは化学変化で安定な形に変えました。すると、幸運にも結晶ができました。研究チームはこれを、本物の「汗の結晶」と呼んでいます。この結晶にX線を当てて、色素の骨組みが分かりました。

赤い色素は「ヒポスドール酸」、オレンジ色の色素は「ノルヒポスドール酸」と名づけられました。「ヒポ」はカバ(英語でヒポポタマス)からとった言葉で、もとは馬という意味です。「スドール」はラテン語で汗のことです。「ノル」は、炭素が1つ少ないことを表す言葉です。

ネイチャーの論文によると、2つの色素は思いのほか強い酸でした。また日本語の論文によると、どちらも分子の重さが300ほどの、小さな分子です。

カバの汗には、茶色・赤・オレンジの3種類の色素があった。赤とオレンジの色素に名前がついた。
カバの汗には、茶色・赤・オレンジの3種類の色素があった。赤とオレンジの色素に名前がついた。

042つの色素は紫外線を吸収し、細菌の増え方をおさえた

カバの汗の役目については、前から2つの考えがありました。日焼け止めの役目と、傷薬の役目です。研究チームによると、これは観察にもとづく考えでした。生まれつき色素が少ないアルビノのカバでも、大人になった例が見られること。けんかが多くて傷が絶えないのに、泥の中でも傷の治りが早いこと。

そこで研究チームは、まず2つの色素が吸収する光を調べました。地上に届く有害な紫外線は、波長(光の波の長さ)が290〜400nm(ナノメートル)の光です。2つの色素は、どちらもこの範囲の光を吸収しました。

次に、細菌への働きを調べました。すると、2つの色素は、緑膿菌と、肺炎を起こすことのある細菌(クレブシエラ・ニューモニエ)に対して、増え方をおさえる働きを示しました。赤い色素のほうが、少し強い働きでした。

ネイチャーの論文の要旨は、2つの色素には、抗生物質としての働きと、日焼け止めとしての働きがある、とまとめています。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

汗をかく動物は、実は少数派

研究チームは、日本語の論文の初めで、動物の汗について説明しています。汗をかく動物は少数派で、ウマ、ヒツジ、ロバ、ウシなどの家畜に多い。汗をかかない動物は、ほかの方法で体を冷やします。たとえばイヌは、口を開けてハアハアと息をして、体を冷やします。

カバの汗は、その中でも変わっています。昼に出して夜は出さない汗は、体温を調節するための汗。興奮すると出す汗は、人が緊張したときにかく汗に似た汗。水の中で出す汗は、何のためか分からない汗だ、と研究チームは書いています。

無色から赤、茶色へ。色が変わるしくみ

研究チームは、色素の形を調べる前に、ある予想を立てました。人の体でメラニン(はだや髪の黒い色素)ができるときや、きのこの色が変わるときにも、無色から赤、そして茶色へと色が変わります。カバの汗も同じ変わり方をするので、似た仲間の物質(キノンという種類の化合物)だろう、と考えたのです。

実際に分かった赤い色素の形を見ると、ホモゲンチジン酸という物質が2つ、酸素と反応してつながった形をしていました。研究チームは、ホモゲンチジン酸をアルカリ性にして空気にさらせば、色素を作れるかもしれないと考えました。でも、できたのは茶色の高分子だけでした。結局、別の方法で、2006年に2つの色素を人工的に作ることに成功しました。

色素は、取り出すとこわれやすいのに、汗の中では比較的安定に見えます。研究チームは、汗の中では色素がねばねばした物質に包まれていて、そのおかげでこわれにくくなっているのだろう、と推測しています。

日焼け止めに必要な条件

研究チームによると、人が使う日焼け止めは、2種類の材料を混ぜて作ります。光をはね返す金属の酸化物と、光を吸収する有機化合物(炭素をもとにした物質)です。

吸収するほうの材料には、条件があります。吸収した光のエネルギーを熱や光として外に出し、元の形にもどること。途中で別の物質に変わってしまわないこと。そして、エネルギーを酸素に渡して、体に害のある「活性酸素」を作りすぎないことです。カバの色素は紫外線を吸収しますが、これらの条件はまだ調べていない、と研究チームは書いています。

人の体にも、紫外線に対抗するしくみがあります。研究チームの説明では、ヒスチジンというアミノ酸からできるウロカニン酸という物質が、主に UVB(290〜320nm の紫外線)を吸収します。もっと波長の長い UVA(320〜400nm)には、メラニンなどが対応します。

構造が決まっても、研究は終わらない

色素の分子は、水素の位置が少しずつ違う、いくつかの形の間を行き来しています。2015年には、計算を使って、2つの色素がそれぞれどの形をとりやすいかが見直されました。研究チームは、2006年の論文の終わりに、まだ分からないことを並べています。なぜ色素は濃くするとつながってしまうのか。ほかの動物の色のついた汗は、どんな色素なのか。

05まとめ

カバの汗は、出た直後は無色で、数分で赤くなり、数時間で茶色に変わります。赤くする色素を見つけたのは、上野動物園のカバ2頭の汗を集めた日本の研究チームでした。赤い色素はヒポスドール酸、オレンジ色の色素はノルヒポスドール酸と名づけられ、2004年にネイチャーに発表されました。

2つの色素は、紫外線を吸収し、細菌の増え方をおさえます。でも研究者自身は、日焼け止めとしては「とりあえず」役立ちそう、と控えめに書いています。次に動物園でカバを見たら、背中の汗がうっすら赤くなっていないか、探してみてください。

人に話すなら、こう言おう

カバの汗って、出たときは無色で、数分で赤くなるんだって。その色素は、上野動物園のカバの汗から見つかったらしいよ。紫外線を吸収して、細菌もおさえるんだって。
READ IN ENGLISH

英語で読む

The Hippo Sweat That Turns Red

CEFR A2218 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

At Ueno Zoo in Tokyo, zookeepers once wiped the sweat off two hippos named Jiro and Satsuki.東京の上野動物園で、飼育係の人たちが、ジローとサツキという2頭のカバの汗をふき取ったことがありました。 Scientists from Keio University wanted to study it.慶應義塾大学の科学者たちが、その汗を研究したかったのです。 But on the way to the university, the sweat turned brown.でも、大学へ運ぶ途中で、汗は茶色に変わってしまいました。

Hippo sweat has no color when it comes out of the skin.カバの汗は、皮ふから出たときには色がありません。 Within a few minutes, it turns red, and after a few hours, it becomes brown.数分のうちに赤くなり、数時間たつと茶色になります。 Long ago, travelers saw the red sweat and said that hippos sweat blood.昔、赤い汗を見た旅人たちは、カバは血の汗を流すと言いました。 But it is not blood.でも、それは血ではありません。

The scientists froze the sweat with dry ice and studied it quickly.科学者たちは汗をドライアイスで凍らせて運び、すばやく調べました。 The pigments broke down very easily, so they failed many times.色素はとてもこわれやすかったので、何度も失敗しました。 In the end, they found two pigments, a red one and an orange one.最後に、赤い色素とオレンジ色の色素の、2つの色素を見つけました。 They named the red one hipposudoric acid.赤いほうは、ヒポスドール酸と名づけられました。 "Sudor" means sweat in Latin.「スドール」は、ラテン語で汗という意味です。

The team reported the pigments in the journal Nature in 2004.研究チームは、2004年に科学誌ネイチャーで色素について発表しました。 Both pigments absorb ultraviolet light, the kind of sunlight that can burn our skin.どちらの色素も、肌を日焼けさせることのある日光である紫外線を吸収します。 They also slowed the growth of some bacteria.また、一部の細菌が増えるのをおさえました。 So the sweat may work like a sunscreen and a medicine.だから、この汗は日焼け止めや薬のように働いているのかもしれません。

But the scientists were careful.でも、科学者たちは慎重でした。 They wrote that the pigments could help as a sunscreen "for now," because a good sunscreen needs other features too.よい日焼け止めにはほかの性質も必要なので、色素は「とりあえず」日焼け止めとして役立ちそうだ、と書いたのです。 Next time you visit a zoo, look closely at a hippo's back.今度動物園に行ったら、カバの背中をよく見てみてください。 You may see a little red sweat.少し赤い汗が見えるかもしれません。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2What color is hippo sweat when it first comes out of the skin?

    カバの汗は、皮ふから出た直後は何色ですか。

  3. Q3Why did the scientists fail many times?

    科学者たちはなぜ何度も失敗したのですか。

  4. Q4In paragraph 4, the word "absorb" is closest in meaning to

    第4段落の absorb という語に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    話の内容について正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • sweat名詞・動詞
    汗/汗をかく

    I sweat a lot when I run in summer.

    夏に走ると、私はたくさん汗をかく。

    💡 発音は「スウェット」。sweater(セーター)は「汗をかかせる服」から。

  • zookeeper名詞
    (動物園の)飼育係

    The zookeeper gave the elephant some apples.

    飼育係はゾウにリンゴをあげた。

    💡 zoo(動物園)+ keeper(世話をする人)。

  • pigment名詞
    色素

    This paint uses a natural pigment from a plant.

    この絵の具は植物からとれる自然の色素を使っている。

    💡 絵の具の「顔料」の意味もある。

  • absorb動詞
    吸収する

    A towel absorbs water quickly.

    タオルは水をすばやく吸収する。

    💡 名詞は absorption(吸収)。

  • ultraviolet形容詞
    紫外線の

    Ultraviolet light can hurt your eyes.

    紫外線は目を傷めることがある。

    💡 ultra(~をこえた)+ violet(すみれ色)。略して UV。

  • bacteria名詞
    細菌

    Wash your hands to remove bacteria.

    細菌を取りのぞくために手を洗いなさい。

    💡 複数形の形。1つは bacterium。

  • sunscreen名詞
    日焼け止め

    Put on sunscreen before you go to the beach.

    海に行く前に日焼け止めをぬりなさい。

    💡 sun(太陽)+ screen(さえぎるもの)。

  • careful形容詞
    慎重な、注意深い

    Be careful when you cross the road.

    道を渡るときは気をつけなさい。

    💡 care(注意)+ -ful(~に満ちた)。反対は careless。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 35件)。

  1. Saikawa, Y. et al. (2004) Pigment chemistry: the red sweat of the hippopotamus, Nature 429:363doi.org
  2. 橋本貴美子・犀川陽子・中田雅也 (2006) カバの赤い汗に関する化学, 有機合成化学協会誌 64(12):1251–1260(J-STAGE)doi.org
  3. Hashimoto, K., Saikawa, Y. & Nakata, M. (2007) Studies on the red sweat of the Hippopotamus amphibius, Pure and Applied Chemistry 79(4):507–517doi.org
  4. Saikawa, Y. et al. (2006) Synthesis of hipposudoric and norhipposudoric acids, Tetrahedron Letters 47:2535–2538doi.org
  5. Matsumoto, T. et al. (2015) Refined Structure of Hipposudoric and Norhipposudoric Acids, Pigments of the Red Sweat of the Hippopotamus, Chemistry Letters 44:1738–1740doi.org

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