
「ニンジンを食べると夜目がきく」は、戦争中のイギリスが広めた話なのか
宣伝ポスターは本物、「レーダー隠し」説は裏づけが弱い。
この判定の対象「ニンジンを食べると夜目がきく」
もくじ
1942年、イギリスの食糧省は、10〜20秒ほどの短い宣伝映画をいくつも作りました。そのうちの1本は、ニンジンがテーマです。
画面には、カードゲームの札のような絵があります。その絵には、ジャガイモのキャラクターと3本のニンジンがえがかれています。ナレーションは、ニンジンは夜盲(やもう)によく効く、と言います。夜盲とは、暗い所でものが見えにくくなることです。ところがナレーションは、すぐに「ただし、こっちの種類は別ですよ」と付け足します。そのとき画面に映るのは、街灯にぶら下がって、カメラに向かってにやりと笑う酔っぱらいです。酔っぱらいも、前がよく見えません。でも、それにはニンジンも効きません。そういう冗談です。
この映画は、今もイギリスの帝国戦争博物館(IWM)に残っています。「ニンジンを食べると夜目がきく」という話は、戦争中のイギリスで、国がさかんに宣伝したものでした。では、ニンジンを食べると本当に夜目がきくのでしょうか。そして、宣伝の目的は、よく言われるように「秘密のレーダーを隠すため」だったのでしょうか。
この記事では、まず戦争中のイギリスで、ニンジンがどう宣伝されたかを博物館の資料で確かめます。次に、「レーダーを隠すため」という説について、賛成と反対の意見をならべます。最後に、ニンジンにふくまれる成分が、目の中でどう働くかを紹介します。
01「ニンジンは暗い中で見るのを助ける」と書いたイギリス政府のポスターが、今も博物館に残っている
第二次世界大戦の初め、イギリスはドイツ空軍の夜の爆撃に苦しんでいました。1940年9月から1941年5月まで続いた、「ブリッツ」と呼ばれる空襲です。町の明かりは、爆撃機にとって目印になってしまいます。そこで、町じゅうの明かりを消す「灯火管制」が行われました。
帝国戦争博物館には、食糧省が出したこんなポスターがあります。題は「ニンジンは体を健康にし、灯火管制の中で見えるのを助ける」。絵には、暗い道で子どもを連れ、買い物かごを持って、車の前を渡る女性がえがかれています。
つまり、ニンジンと夜目を結びつけた宣伝は、本当にありました。ただし、宣伝の相手はドイツ軍ではなく、イギリスの一般の人たちです。
02「レーダーを隠すための宣伝だった」という説には、ドイツがだまされた証拠がない
ニンジンの宣伝について、よく語られるのは、こんな話です。イギリス空軍は1940年から、飛行機に積むレーダーを使い始めた。夜でも敵機を見つけられる、最新の秘密兵器だ。この秘密を隠すため、政府は「パイロットはニンジンをたくさん食べているから夜目がきく」と言いふらした。
アメリカのスミソニアン協会の雑誌は、この話を紹介しています。1940年、「キャッツ・アイ(猫の目)」とあだ名されたパイロットのジョン・カニンガムが、このレーダーで敵機を撃ち落としました。記事によると、政府は新聞に「パイロットたちが夜でも敵機を見つけられるのは、ニンジンを食べているからだ」と伝えたといいます。
この説を調べたのは、ジョン・ストラルチクです。ストラルチクは、ウェブ上の「ニンジン博物館」の学芸員(博物館で資料を調べる専門家)です。彼は博物館や国立公文書館の資料を読み、ニンジンの宣伝はレーダーを隠すためだったと考えました。でも、同じスミソニアン協会の雑誌の記事で、彼自身がこう話しています。「ドイツがだまされたという証拠はない。ドイツ軍がパイロットにニンジンを食べさせたという話も、出どころのあやしい話だ」。
03空軍博物館の学芸員は、「ニンジンの宣伝はドイツをだますためではない」と説明している
「レーダーを隠すため」という説には、反対の意見もあります。イギリス空軍博物館の学芸員ブライアン・レゲットは、2014年にこう説明しています。「イギリスは、ニンジンの話が広まるのに、そのまま乗っかっただけだ。ドイツをだますために作った話ではない。ドイツの情報機関は、地上のレーダーのことをよく知っていた。だから、飛行機にレーダーがあっても驚かなかったはずだ」。
では、なぜ食糧省はニンジンをそんなに宣伝したのでしょう。戦争中のイギリスでは、外国から船で運んでくる食べ物が足りなくなりました。砂糖は大人1人1週間に約230グラムまでと決められていました。そこで国は、家の庭や畑で野菜を育てるよう呼びかけました。「ドクター・キャロット」というニンジンのキャラクターも作られました。ストラルチクによると、1942年にはニンジンが10万トンもあまったといいます。たくさんとれるニンジンを国民に食べてもらうことは、食糧省にとって大事な仕事でした。

04ニンジンは、ビタミンAが足りない人の夜盲には本当に効く
ここからは、ニンジンを食べると体の中で何が起こるか、という話です。ニンジンのオレンジ色は、βカロテン(ベータカロテン)という色素の色です。βカロテンは、体の中でビタミンAに変わります。
世界保健機関(WHO)によると、ビタミンAが足りないとき、最初に出る症状の1つが夜盲です。ビタミンA不足がひどくなると、目の表面にある透明な膜(角膜)がいたみ、目が見えなくなることもあります。世界では、ビタミンA不足のために目が見えなくなる子どもが、毎年25万〜50万人いると推定されています。ビタミンA不足は、とくにアフリカや東南アジアで大きな問題になっています。
アメリカの国立医学図書館の解説は、ビタミンA不足による夜盲は「もとにもどる」ものだと書いています。つまり、ビタミンAが足りない人がニンジンなどでビタミンAを補えば、夜の見え方はよくなります。一方、スミソニアン協会の雑誌は、2005年のニューヨーク・タイムズの記事を引用しています。その記事によると、ビタミンAは、足りないせいで起きた見えにくさは治せます。でも、健康な人の視力を強くすることはありません。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
ビタミンAは、暗い所で光を受けとる物質「ロドプシン」の材料になる
目の奥の網膜には、光を感じる細胞が並んでいます。そのうち、暗い所で働くのが「かん体」という細胞です。かん体の中には、ロドプシンという、光を受けると形を変える物質があります。
ロドプシンにビタミンAがふくまれていることを見つけたのは、アメリカのジョージ・ウォールドです。彼は1930年代から1960年代にかけて、光がロドプシンの形をどう変え、それがどう信号になるかを明らかにしました。この研究で、1967年にノーベル生理学・医学賞を受けています。
ビタミンAが足りないと、目はロドプシンを十分に作れません。すると、暗い所の弱い光をうまく受け取れなくなります。これが夜盲です。逆に、ビタミンAが足りている人の場合、ビタミンAをさらにとっても、ロドプシンが増えて夜目が強くなるわけではありません。工場にたとえると、部品がそろっている工場に部品を山ほど届けても、作れる数は増えないのと同じです。
ビタミンA不足は、豊かな国でも、肝臓や腸の病気がある人に起きている
ビタミンA不足は、古代エジプトの時代から知られていた病気です。今では、食べ物が足りない国だけの問題と思われがちです。でも2026年に出た報告は、豊かな国でもビタミンA不足が起きることを示しました。
この報告では、アメリカの病院で、肝臓や腸の病気がある13人の患者を調べました。患者は、脂肪肝(肝臓に脂肪がたまる病気)の人、胃のバイパス手術(胃を小さくする手術)を受けた人、肝硬変(肝臓がかたくなる病気)の人などです。こうした病気があると、食べ物にビタミンAがふくまれていても、体がうまく吸収したり、たくわえたりできないことがあるのです。13人のうち6割より少し多い人が、暗い所で見えにくいと訴えていました。そしてビタミンAを補った人は、全員が「見え方がよくなった」と答えています。
ニンジンとレーダーの話は、証拠の強さで4段階に分けると整理できる
ニンジンとレーダーの話のように、本当のこととうわさが混ざっている場合は、証拠を強さの順に分けると整理できます。
- 現物がある:食糧省のポスター、1942年の短い映画。博物館の資料番号まで分かる
- 記事の中の説明:「政府が新聞に、パイロットはニンジンを食べていると伝えた」。もとの新聞記事を自分で確かめるまでは、一段弱い
- ある研究者の解釈:「レーダーを隠す作戦だった」。資料を読んだうえでの考えだが、命令書のような直接の証拠は示されていない
- 出どころ不明の話:「ドイツ軍もパイロットにニンジンを食べさせた」
リストの上のものほど確かで、下のものほどあやしい話です。ところが、人に話したくなるのは、たいてい下のほうの話です。秘密兵器が出てきて、敵をだまして、敵もまんまとひっかかる、という話だからです。うまくできすぎた話ほど広まりやすいので、話を聞いた人は「これは4つの段のどれか」を意識する必要があります。
「ニンジンは目の健康によい」が、どこかで「ニンジンで視力が上がる」に変わった
ストラルチクは、「ニンジンは目の健康によい」という話が、どこかで「ニンジンで視力が上がる」という話に変わってしまった、と話しています。ビタミンAが目に必要なのは事実です。でも、体に必要なものだからといって、多くとるほどよいわけではありません。ビタミンAは、とりすぎると害が出ることもあります。βカロテンをたくさんとると肌が黄色っぽくなりますが、食べる量を減らせばもとにもどります。
05まとめ
「ニンジンを食べると夜目がきく」は、半分だけ本当です。ビタミンAが足りない人には、夜盲を防ぎ、治す助けになります。でも、足りている人が食べても、暗い所がよく見えるようにはなりません。
「ニンジンで夜目がきく」という話を広めたのは、戦争中のイギリスの食糧省の宣伝でした。ポスターも映画も、今も博物館に残っています。一方、「レーダーを隠す作戦だった」という有名な話には、はっきりした証拠は示されていません。食糧省の映画では、ニンジンの宣伝のオチに、街灯にぶら下がる酔っぱらいが使われていました。
人に話すなら、こう言おう
「ニンジンで夜目がきく」って、戦争中のイギリスの宣伝が広めたんだって。でも「レーダーを隠す作戦だった」って有名な話は、その説を調べた人も「ドイツがだまされた証拠はない」って言ってるんだって。
英語で読む
Can Carrots Help You See in the Dark?
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
During World War II, British cities turned off their lights at night.第二次世界大戦中、イギリスの町は夜に明かりを消しました。 This was called the blackout, and it made the streets very dark.これは灯火管制と呼ばれ、通りはとても暗くなりました。 The government told people that carrots would help them see.政府は人々に、ニンジンを食べれば見えるようになると伝えました。
A poster from the Ministry of Food said that carrots keep you healthy and help you see in the blackout.食糧省のポスターには、ニンジンは体を健康にし、灯火管制の中で見るのを助ける、と書かれていました。 In 1942, the ministry also made very short films about food.1942年、食糧省は食べ物についてのとても短い映画も作りました。 In one film, a voice says that carrots are good for night blindness.ある映画では、ニンジンは夜盲によい、という声が流れます。 Then the film shows a drunk man on a street lamp as a joke.そのあと映画は、冗談として、街灯にぶら下がる酔っぱらいを映します。
Many people say the carrot story was a trick.ニンジンの話はだましの作戦だった、と多くの人が言います。 The Royal Air Force had a new radar in its planes from 1940.イギリス空軍は1940年から、新しいレーダーを飛行機に積んでいました。 Some writers believe the carrot story hid this secret from Germany.ニンジンの話がこの秘密をドイツから隠した、と考える書き手もいます。 But there is little proof.でも、証拠はほとんどありません。 A museum expert says the British only went along with the story.ある博物館の専門家は、イギリスはその話に乗っかっただけだ、と言います。
So do carrots really help your eyes?では、ニンジンは本当に目の助けになるのでしょうか。 Carrots have beta carotene, and the body changes it into vitamin A.ニンジンにはベータカロテンがあり、体はそれをビタミンAに変えます。 Your eyes need vitamin A to see in low light.目は、弱い光の中で見るためにビタミンAを必要とします。 When people do not get enough, they cannot see well in the dark.十分にとれていないと、暗い所でよく見えなくなります。 Vitamin A can fix this problem.ビタミンAでこの問題を治すことができます。
But if you already get enough vitamin A, eating more carrots will not give you better night vision.でも、すでにビタミンAが十分にとれているなら、ニンジンをもっと食べても夜の見え方はよくなりません。 So the poster was only half true.つまり、あのポスターは半分だけ本当だったのです。 And the carrot story is still with us today.そして、ニンジンの話は今も私たちのまわりに残っています。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:D Whether carrots help night vision and where the idea came from
第1〜2段落でニンジンの宣伝の始まり、第4〜5段落でニンジンが本当に目に効くかを説明しているので正解はD。BやCは話の一部にすぎない。
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Q2When did the Royal Air Force start to have the new radar in its planes?
イギリス空軍が新しいレーダーを飛行機に積み始めたのはいつですか。
正解:A In 1940
第3段落2文目に from 1940 とあるので正解はA。1942年は食糧省が短い映画を作った年(第2段落)。
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Q3Why can people with too little vitamin A not see well in the dark?
ビタミンAが少なすぎる人は、なぜ暗い所でよく見えないのですか。
正解:C Their eyes need vitamin A to see in low light.
第4段落3文目に Your eyes need vitamin A to see in low light とあり、次の文で足りないと暗い所で見えないと続くので正解はC。Bの明かりの話は灯火管制のことで、目のしくみとは関係ない。
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Q4In paragraph 3, the word "proof" is closest in meaning to
第3段落の proof という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:B evidence
第3段落で「作戦だったと考える人もいるが、proof はほとんどない」と述べ、その主張を支えるものが少ないという意味なので正解はB。危険・お金・食べ物では文が通らない。
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Q5Which is true about carrots and night vision?
ニンジンと夜の見え方について正しいのはどれですか。
正解:A People with enough vitamin A will not see better at night by eating more carrots.
第5段落1文目の内容と一致するので正解はA。第4段落2文目でニンジンのベータカロテンはビタミンAに変わるとあるのでCは誤り。第3段落最後の文で専門家は「話に乗っかっただけ」と言っているのでDも誤り。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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blackout名詞灯火管制;停電
The whole town was dark during the blackout.
停電の間、町全体が暗かった。
💡 black(黒)+ out(消える)。今は「停電」の意味でよく使う。
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government名詞政府
The government made a new law about schools.
政府は学校についての新しい法律を作った。
💡 govern(治める)+ -ment(名詞をつくる語尾)。
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ministry名詞(政府の)省
The Ministry of Health gives advice about food.
保健省は食べ物について助言をする。
💡 大臣は minister。the Ministry of Food は「食糧省」。
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poster名詞ポスター
There is a poster about the school festival on the wall.
壁に学園祭のポスターがはってある。
💡 post(はる)から。
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radar名詞レーダー
The ship used radar to find the island in the fog.
その船は霧の中で島を見つけるためにレーダーを使った。
💡 radio detection and ranging の頭文字から作られた語。
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trick名詞たくらみ、だますこと;手品
He played a trick on his little brother.
彼は弟にいたずらをした。
💡 play a trick on 〜 で「〜にいたずらをする」。
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proof名詞証拠、証明
The police found proof that he was at home.
警察は彼が家にいたという証拠を見つけた。
💡 動詞は prove(証明する)。
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vision名詞視力、見ること
Cats have good vision at night.
ネコは夜でもよく目が見える。
💡 night vision で「夜の視力、暗視」。visit, video と同じく「見る」の語根 vis- から。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 19件)。
- Carrots Can't Help You See in the Dark(Smithsonian Magazine, 2013・更新版)smithsonianmag.com
- Carrots Keep You Healthy and Help You to See in the Blackout(Imperial War Museums, Art.IWM PST 6015)iwm.org.uk
- FOOD FLASHES(Imperial War Museums, COI 1089, 1942)iwm.org.uk
- Vitamin A deficiency(World Health Organization)who.int
- George Wald – Facts(NobelPrize.org)nobelprize.org
- Lai, E. W. et al. (2026) Ocular manifestations of vitamin A deficiency in gastrointestinal and hepatobiliary disease, Frontiers in Ophthalmologydoi.org
- Vitamin A(MedlinePlus, U.S. National Library of Medicine)medlineplus.gov
- Wolf, G. (1996) A history of vitamin A and retinoids, The FASEB Journaldoi.org
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