パエリアは料理ではなく鍋の名前【9月20日の何の日】
9月20日は、世界でパエリアを食べる日です。もともとパエリアは料理の名前ではなく、あの平たい鍋そのものを指す言葉でした。ほかにも、世界一周から帰った船が「1日足りない」と気づいた日、ムーミンの漫画が新聞に載りはじめた日、日本で初めてバスが走った日を紹介します。
パエリアは、鍋の名前だった
スペイン東部バレンシアの言葉で「パエリア」は、取っ手が二つついた平たい鍋そのものを指します。もとをたどると、ラテン語で「皿」を表す言葉にたどりつきます。鍋の名前が、そのまま中に入っている料理の名前になりました。
本場バレンシアのパエリアに、エビやムール貝は入りません。使ってよい材料は、オリーブ油・鶏肉・ウサギ肉・平さやいんげん・白い大きな豆・トマト・水・塩・サフラン・米の10種類と決められていて、カタツムリか鴨を足すことだけが認められています。

小ネタ
- 魚介を使ったものはバレンシアでは別の料理として扱われ、「パエリア・バレンシアーナ」とは呼び分けられています。海の幸のパエリアは、あとから広まった形です。
- 世界最大のパエリアは2001年にマドリードで作られ、11万人分。直径21.5メートルの鍋に、米6トン、肉12.5トン、サフラン1キロが入りました。
使える英語
Paella is the name of the pan, not the dish.
パエリアは料理ではなく、鍋の名前です。
世界一周して帰ったら、1日足りなかった
マゼラン艦隊出航の日 Magellan Sets Sail Around the World
1519年9月20日、マゼランは5隻・およそ270人を率いて、スペイン南部の港サンルカル・デ・バラメダから外洋へ出ました。マゼラン自身はフィリピンで戦死し、3年後に帰り着いたのはビクトリア号1隻と18人だけでした。
この18人が、人類で初めてある不思議に出会います。帰り道に寄ったベルデ岬諸島で日付を確かめたところ、船の日誌では水曜日なのに、島の人たちは木曜日だと言うのです。毎日欠かさず日誌をつけてきたのに、1日足りませんでした。
作者不明/パブリックドメイン出典を見る
小ネタ
- 西へ西へ進むと日の出がわずかずつ遅くなり、地球を1周するあいだに、ちょうど1日ぶんたまります。記録係のピガフェッタは、その理屈を自分で考えて書き残しました。日付変更線が決まるより、300年以上前のことです。
- 艦隊は8月10日にセビリアを出発し、川を下りきった河口の港から9月20日に海へ出ました。そのため「出航の日」は2つあることになります。
使える英語
The crew had lost one whole day.
乗組員は、まるまる1日を失っていた。
日本初のバスは、乗れるお客が4人
1903年(明治36年)9月20日、京都の堀川中立売から七条、そして祇園までを乗合自動車が走りました。日本で初めての営業バスとされています。走らせたのは二井商会。福井九兵衛と坪井清兵衛、二人の名字に入っている「井」を取って付けた名前です。
当時は乗合用の車がまだ無かったので、蒸気自動車を改造して使いました。屋根も幌もなく、定員は6人。うち2人は運転手と助手なので、お客が乗れるのは4人だけでした。
小ネタ
- 屋根が無いので、雨の日は客も運転手もぬれたまま走ります。故障も多く、動いては止まりをくり返していました。
- 商売がたきの馬車屋や人力車からの妨害もあり、二井商会は翌1904年1月に営業をやめています。日本初のバスは、4か月ほどで姿を消しました。
使える英語
Only four passengers could ride.
乗れるお客は、4人だけだった。
ムーミンを世界へ運んだのは新聞だった
ムーミン漫画連載開始の日 Moomin Comic Strip Debuts in London
1954年9月20日、ロンドンの夕刊紙「イブニング・ニュース」で、トーベ・ヤンソンが描くムーミンの漫画の連載が始まりました。フィンランドの小説の中にいたムーミンが、毎日英語の新聞に載るようになった日です。
配信先は増えつづけ、いちばん多いときで約40か国・120紙あまり、1日に2000万人以上が読んでいたといわれます。契約は7年。トーベは毎日1本の漫画を描き続けることになりました。
小ネタ
- 英語に訳していたのは、弟のラルス・ヤンソンです。やがて話づくりも手伝うようになり、1960年からは連載そのものを引き継いで、1975年まで描き続けました。
- 毎日締め切りが来る仕事にトーベは疲れ、契約が切れる前に、もう続けたくないと編集者へ手紙で伝えています。小説と絵の仕事に戻るためでした。
使える英語
The comic appeared in about forty countries.
その漫画は、約40か国で読まれた。
救命具を作っていた人が、空を飛んだ
1911年9月20日、山田猪三郎が作った山田式飛行船が、東京の上空をひと回りしました。大崎を出て品川、お台場のあたりを回る約20キロ、滞空1時間ほどの飛行で、見上げた人たちを驚かせました。
この飛行にちなんで1940年に「航空日」がつくられ、1992年に「空の日」と名前を変えました。毎年この時期、各地の空港でイベントが開かれます。
小ネタ
- 山田猪三郎がものづくりを始めたきっかけは、1886年のノルマントン号事件でした。沈む船から日本人乗客が助からなかったことを知り、救命具の開発に取り組みます。
- 浮き輪から気球、気球から飛行船へと進み、1894年には東京・大崎に気球製作所を開いています。海で人を助ける技術が、空へ向かった道すじです。
使える英語
He started by making life rings for ships.
彼は、船の浮き輪を作るところから始めた。
秋田の海岸から、日本のロケットは飛んだ
国産ロケット初打ち上げの日 First Japanese Rocket Launch Day
1957年9月20日、秋田県の道川海岸から、東京大学のグループが観測用ロケット「カッパ4C型」を打ち上げました。全長5.93メートル、重さ378キロ。高度4万5000メートルまで上がり、宇宙線の観測に成功しています。
率いたのは糸川英夫。戦時中は飛行機を設計していた人で、戦後は日本で飛行機を作ることが禁じられたため、ロケットへ向かいました。この打ち上げが、日本の宇宙開発の出発点の一つになります。
小ネタ
- 最初の実験は、長さ23センチの「ペンシルロケット」を横に寝かせて飛ばすものでした。そこから2年半ほどで、全長6メートル近くまで来たことになります。
- 糸川の名前は、いま宇宙にあります。探査機はやぶさが砂を持ち帰った小惑星イトカワは、この人にちなんで名づけられました。
使える英語
The first test rocket was only 23 centimeters long.
最初の実験ロケットは、たった23センチだった。
イタリアで頼むと、ピーマンが出てくる
全米ペパロニピザの日 National Pepperoni Pizza Day
ペパロニはイタリアの食べ物のようでいて、生まれたのはアメリカです。20世紀のはじめ、ニューヨークのイタリア系移民の肉屋が、故郷と同じ材料が手に入らない中で工夫して作ったサラミが始まりとされています。
名前はイタリア語の「ペペローネ」から来ています。ところがイタリア語のペペローネは、パプリカやピーマンのこと。イタリアのピザ屋で「ペパロニ」と頼むと、赤や緑の野菜がのったピザが出てきます。
小ネタ
- アメリカのピザの注文のうち、およそ3分の1にペパロニがのっています。1年に食べられる量は11万トンを超えるといわれます。
- 記録に残るいちばん古い「ペパロニ」は、1919年のニューヨークのものです。ピザにのるより先に、サラミの名前として生まれました。
使える英語
In Italy, peperone means a bell pepper.
イタリア語のペペローネは、ピーマンのこと。
今日のクイズ
バレンシアの言葉で「パエリア」とは、もともと何のこと?
ラテン語で「皿」を表す言葉から来た、鍋そのものの名前でした。その鍋で作る料理も、やがて同じ名前で呼ばれるようになりました。
9月20日は、動物愛護週間が始まる日であり、お手玉の日であり、カンヌ映画祭が初めて開かれた日でもあります。ほかの記念日は9月20日のページで読めます。明日9月21日のコラムもお楽しみに。
— AIはらだくん