ピグマリオン効果は、教師が生徒を知る前にだけ出ました
英語教育ニュースレター Vol.32
「期待をかければ生徒は伸びる」は、教職課程で必ず出てきます。ところが同じ形の実験18本を集め直すと、平均の効果は d = 0.11 でした。効いていたのは、教師がその生徒をまだ知らない時期に期待を渡した研究だけです。9月の教室で動かせるのは、心の中の期待ではなく、指名・課題・返す言葉・教室の空気の4つでした。帯活動2本、そのまま使える教室英語5本、研究を自分で確かめる無料の道具4選つきの第32号です。中学校の英語教員の英語力が初めて目標に届いた調査も取り上げます。
監修:原田高志(原田英語.com)
「期待をかければ伸びる」は本当か。今日はそこを数字で見ます。同じ実験を18本集め直した1984年の論文が、効く条件を1つに絞っていました。第32号です。
09.10.2026 Vol.32
おはようございます。
教職課程で必ず出てくる実験があります。教師に「この子は伸びます」と伝えると、本当にその子の点が上がった、という話です。
最後の節で、そのあとの検証を調べました。同じ形の実験を18本集め直すと、平均の効果は d = 0.11 でした。効いていたのは、教師がその生徒をまだ知らない時期に期待を渡した研究だけです。
では、生徒をよく知っている9月に何ができるのか。答えは4つあります。指名・課題・返す言葉・教室の空気です。帯活動2本と教室英語5本は、この4つに合わせて選びました。
無料の道具は、今日のような数字を自分で確かめるための4つです。
TODAY'S PICK
中学校の英語教員は58.5%がB2以上。初めて目標に届きました
ReseEd(2026年7月14日)。出典は文部科学省が2026年7月に公表した英語教育実施状況調査(2025年度分)
英語教育実施状況調査の結果が出ています。ReseEd の記事から、数字を並べます。
中学校の英語教員でCEFRのB2以上に届いた割合は、前年度比12.3ポイント増の58.5%でした。目標は50%以上なので、今回初めて目標を達成しています。高校の英語教員は84.4%で、目標の75%以上を超えたあとも上がり続けています。
生徒のほうは届いていません。中学3年生でCEFRのA1レベル以上が54.6%(目標60%)、高校3年生でB1レベル以上が23.9%(目標30%)です。
都道府県の差も出ています。中学校の英語教員では、東京都が80%を超える一方、岩手県や青森県は20〜40%程度にとどまりました。
教員の数字と生徒の数字は、別々に動いています。教員のB2以上は1年で12.3ポイント上がり、生徒のA1以上は目標に届いていません。
ここから「教員の英語力は関係ない」と読むのは早すぎます。B2に届いたことと、その英語が生徒に向けて使われたことは、別の話だからです。この調査が数えているのは資格や試験のスコアで、授業中に誰へ何語かけたかではありません。
最後の節が、そこに数字で答えます。生徒に届くのは、教師が心の中で思っていることではありませんでした。指名の回数、渡す課題の難しさ、返す言葉の長さ、そして教室の空気の4つです。どれも自分で数えられます。
ReseEd|中高生・教員の英語力向上、中学教員は初の目標達成
WARM-UPS
今日の帯活動(5分でできる)
誰に何回まわったかが、その場で見える2本
答えた人が、次に答える人を指名する
- 教師が英語で1問出し、最初の1人だけを指名する
- 答えた生徒は Who's next? と言って、まだ答えていない人を1人指名する
- 指名された生徒は、前の答えに1語だけ足して言う
- 4人つながったら教師が受け取り、4つを黒板に並べる
- 💡 指名の権利を生徒に渡すと、教師のくせが入りません。誰が最後まで残ったかも、その場で見えます。
同じ質問を、正解が出ても3人に聞く
- 1つの質問を出し、最初の答えが合っていても Thank you. とだけ言って受ける
- Who else can say it? と言って、あと2人に同じ質問をする
- 3人ぶんを黒板に並べ、違うところを1つだけ生徒に言わせる
- どれが正解かは、教師が最後に言う
- 💡 最初の1人で止めると、その1問は1人ぶんの練習で終わります。3つ並ぶと、答えは正解ではなく案に変わります。
CLASSROOM ENGLISH
そのまま使える教室英語
期待は、言葉ではなく回し方で伝わります
今日まだ一度も指名していない生徒に回すとき
It's your turn, and this one is worth thinking about.
あなたの番です。これは考える値打ちのある問題です。
「簡単なのをあげる」と言わないでください。渡す問題の難しさを下げると、期待も一緒に下がって伝わります。
あえて難しい問題を渡すとき
This one is hard, and I'm giving it to you on purpose.
これは難しい問題です。わざとあなたに渡しています。
難しさを隠さないほうが、受け取る側は動きやすくなります。on purpose が「わざと」です。
間違えた答えに返すとき
That's not it, and I still want to know how you got there.
それは違います。でも、どうやってそこにたどり着いたのか知りたいです。
間違いを短く切ると、次からその生徒には回しにくくなります。理由を聞けば、やりとりが1往復増えます。
答えが1語で止まったとき
You gave me the noun. Now give me the verb.
名詞は出ました。次は動詞をください。
「もう一度」ではなく、次に出す品詞を名指しします。何を足せばよいかが、その場で分かります。
授業の終わりに、変化を返すとき
You said more today than last time, and I noticed.
前より多く話しましたね。見ていました。
褒め言葉ではなく、見ていたという事実を返します。I noticed. の一言だけでも通じます。
AI TOOLKIT
AI × 英語指導
教師向け1つ、生徒向け1つ
教師向けElicit
論文を探して、要点を表に並べて出すAIです。英語で聞くと、関係のある論文が並び、それぞれの中身が列になって出ます。無料のBasicでも、論文の検索と要約は回数の制限なく使えます。
使いどころ:🎓 今日の数字を自分で確かめるなら、「teacher expectation effects on pupil IQ meta-analysis」と英語で打ってください。並んだ表のうち、実験の数と効果量の列だけを見ます。日本語で打つと当たりが減るので、検索の言葉は英語にすること。
生徒向けabceed
教科書や問題集の音声をスマホで聞けるアプリです。株式会社Globeeが出しており、利用者は400万人を超えています。無料の範囲でも320タイトル以上の音声を全部聞けて、速さも変えられます。マークシートの自動採点も無料の側に入っています。
使いどころ:🎓 生徒に渡すときは、無料でできることを先に伝えてください。TOEICの予測スコアや英検の合格率を出すAIの部分は、月1,983円からの有料プランです。音声を聞いて速さを変えるところまでなら、無料で足ります。
NEWS FLASH
今日のニュース
秋の研修と、話す指導のウェビナー
JAPAN · 09.02
次期学習指導要領とICTの研修が、9月は4か所であります。無料です
駿台教育センターが「Edu NEXT―新しい学びと教育者のコミュニティ―」を全国で開きます。9月14日が高崎、15日が浜松、17日がいわき、18日が会津若松で、どの日も15時から17時です。参加費は無料で、学校や教育委員会などの教育関係者が対象です。申し込みは9月11日までです。次期学習指導要領とICTの活用が主題なので、2学期の授業計画にそのまま返ってきます。
JAPAN · 09.09
AI時代に先生をどう育てるかを話す会が、9月27日に東京であります
内田洋行教育総合研究所が「AI時代の先生を誰がどう育てるのか」を開きます。9月27日の14時から17時、東京都中央区新川の内田洋行 新川本社ビルB1階CANVASで、参加費は無料です。定員は40名程度、申し込みは9月25日の17時までです。杉並区の教育長、帝京大学の学長、現職の校長が並びます。AIが教材を作れるようになったあと、教師の側に何が残るのか。そこを人前で聞ける機会は多くありません。
GLOBAL · 09.18
話す指導のウェビナーが2本、9月18日に無料であります
British Council の TeachingEnglish が、9月18日に話す指導のウェビナーを2本開きます。どちらも、生徒の話す力を伸ばすための、その場で使える活動を扱う回です。参加は無料で、Zoomで席を予約する形です。ライブで参加した人には受講証が出ます。開始時刻と講師は、下のページで確かめてください。イギリス時間で書かれているので、日本時間はそこから8時間進めた時刻になります。
FREE TOOLS
無料の学習ツール4選
今号のテーマは「今日の数字を、自分で確かめる」。無料で読める研究の置き場を4つ集めました。
ERIC
アメリカ教育省の教育科学研究所(IES)が運営する、教育の論文と報告書を探す場所です。今日の最後の節で使った1984年の論文も、ここに書誌が残っています。英語教育の論文は、日本語で検索しても出てきません。英語の語で打つ練習をする場としても使えます。
J-STAGE
科学技術振興機構(JST)が運営する、日本の学会誌の置き場です。2026年9月9日の時点で606万3,445本の記事があり、そのうち584万9,386本が無料で読めます。日本の教室で行われた英語教育の研究も、ここから引けます。
JALT Publications
全国語学教育学会(JALT)の出版物です。The Language Teacher と JALT Journal が読めます。公開から6か月を過ぎたものは、会員でなくても読めます。日本の教室で行われた実践報告が多く、そのまま真似できる形で書かれています。
Semantic Scholar
非営利のAi2(Allen Institute for AI)が2015年に始めた検索です。2億本以上の論文が入っています。1本の論文から、あとでそれを引用した研究へたどれるので、「その研究は、そのあとどうなったのか」を追うときに使えます。
STORY BREAK
生徒に話したくなる小ネタ
授業の余り3分で話せる2本
世界で最初のチャットボットは、戯曲の花売り娘の名前でした
1966年、MITのジョゼフ・ワイゼンバウムがELIZAという会話プログラムを作りました。論文は Communications of the ACM の第9巻1号です。相手の言葉を組み替えて返すだけの仕組みでしたが、機械と話していると信じ込む人が出ました。
名前の由来は、本人が論文に書いています。バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』(1913年)に出てくる花売り娘 Eliza Doolittle です。話し方を直されて、上流の人に見えるようになる役でした。「使う人が教師になって、少しずつよくしていける」という意味を込めた、とワイゼンバウムは説明しています。
同じ戯曲から題を取った本が、もう1つあります。ローゼンタールとジェイコブソンの『Pygmalion in the Classroom』(1968年)です。今日の最後の節で扱うのが、この本です。
英語ではいまも the ELIZA effect と言います。機械の返事に人間らしさを見てしまうことです。生成AIの話をするときに、そのまま使えます。
bloomers は、花とは関係のない言葉です
bloom は「花が咲く」。ところが服の bloomers(ふくらんだズボン)は、花ではなく人の名字です。
1851年、アメリア・ブルーマーが自分の新聞 The Lily でその服を取り上げると、作り方を教えてほしいという手紙が全国から届きました。ほかの新聞もこの服を書き立て、服のほうに彼女の名前が付いてしまいます。実際にその服をセネカフォールズへ持ち込んだのは、エリザベス・スミス・ミラーでした。作った人ではなく、広めた人の名前が残ったわけです。日本語の「ブルマー」も、この名字から来ています。
綴りは同じでも、出どころは2つあります。late bloomer(あとから伸びる人)のほうは、花が咲く bloom です。今日の最後の節に出てくる実験で、教師に「これから伸びます」と伝えられた子どもたちも、intellectual bloomers と呼ばれていました。
Smithsonian Magazine|Amelia Bloomer Didn't Mean to Start a Fashion Revolution
QUOTE
今日の名言
空気を作るのは、私の接し方です
“I am the decisive element in the classroom. It is my personal approach that creates the climate.”
教室で決め手になるのは、私です。空気を作るのは、私の接し方です。
ハイム・ギノット(臨床心理学者)『Teacher and Child』1972年、まえがきより
この一文は、長いことゲーテの言葉として引用されてきました。1998年にネット上の書き込みで取り違えられたものだと分かっています。書いたのはギノットです。今日の最後の節に出てくる4つのうち、いちばん強く出たのが climate、つまり教室の空気でした。ローゼンタールが4つを並べたのは1973年。ギノットのこの本は、その前の年に出ています。
THE FLIP
常識がひっくり返る話
期待の札は、相手を知らないうちにしか効きませんでした
1968年、ロバート・ローゼンタールとレノア・ジェイコブソンが本を出しました。『Pygmalion in the Classroom』です。
舞台はサウスサンフランシスコの小学校でした(本の中では Oak School という仮の名前です)。全員に知能テストを受けさせ、教師には「これから伸びる子が分かるテストだ」と説明します。テストの名前は Harvard Test of Inflected Acquisition。実際はふつうの知能テストで、そんな名前のテストは存在しません。
各クラスのおよそ20%を、くじで選びました。そして教師に「この子たちは、これから伸びます」と伝えます。1年後、選ばれた子の知能テストの点は、ほかの子より上がっていました。ただし点が上がったのは、ほとんど1年生と2年生だけです。
この話が、いまも「期待をかけよう」の根拠として教職課程で出てきます。
ところが
1984年、ラウデンブッシュ(Stephen Raudenbush)が、同じ形の実験18本を集め直しました。Journal of Educational Psychology に載った論文です。平均の効果は d = 0.11。教育の研究で意味があるとされる大きさに届きません。
ただし、1つの条件で分かれました。教師がその生徒と出会って2週間以内に期待を伝えた研究では、d = 0.32。それより長くその生徒を知っていた研究では、ほぼゼロでした。
つまり期待の札は、教師が自分の目で生徒を見てしまう前にしか、貼れなかったということです。
では、生徒をよく知っている9月の教室では、もう何もできないのでしょうか。ローゼンタール自身が1973年に別の答えを出しています。期待が生徒に伝わる道は4つある、というものです。
climate(教室の空気)・input(渡す課題)・output(答える機会)・feedback(返す言葉)。ハリスとローゼンタールが1985年にまとめ直したときは、空気と課題の2つが、いちばん強く出ました。
心の中で期待しても、この4つは動きません。逆に4つを動かせば、生徒をよく知っている時期からでも変えられます。しかも3つは、数えられます。
ERIC|Raudenbush (1984) Magnitude of Teacher Expectancy Effects on Pupil IQ
明日の授業でやること|明日の1時間で、4つのうち3つを数える
- 座席表を1枚印刷し、話しかけた生徒に正の字を書く。1時間だけでよい
- 授業が終わったら、0回だった生徒を3人選んで、名前に丸をつける
- 次の時間、その3人に必ず1回ずつ回す。渡す問題は、ほかの生徒と同じ難しさにする
- その3人への返事だけ、いつもより1文長くする。「いいね」で止めず、どこがよかったかを言う
この号で触れたリンク
- ReseEd|中高生・教員の英語力向上、中学教員は初の目標達成
- ReseEd|次期学習指導要領とICT活用、駿台「Edu NEXT」9月より全国各地で開催
- ReseEd|AI時代の「考える先生」育成、大学・自治体・学校が議論9/27
- TeachingEnglish|Webinars(British Council)
- ERIC|Raudenbush (1984) Magnitude of Teacher Expectancy Effects on Pupil IQ
- metadat|dat.raudenbush1985(実験ごとの効果量と、面識の週数のデータ)
- Atticus Li|The Pygmalion Effect(18の実験の効果量。面識2週間で分けた数字の出どころ)
- Weizenbaum, J. (1966) ELIZA|Communications of the ACM 9(1)
- Smithsonian Magazine|Amelia Bloomer Didn't Mean to Start a Fashion Revolution
- Quote Investigator|I Have Come to a Frightening Conclusion(ギノットの一文の出どころ)
- Sprouts|The Pygmalion Effect(動画と参考文献)
4つのうち、いちばん手が届くのは output、つまり答える機会です。座席表と鉛筆だけで数えられます。
数えてみると、たいてい0回の生徒が出ます。その生徒に期待していなかったわけではありません。順番が回らなかっただけです。だから、次の時間に回せば済みます。
またあした。
Vol.32 09.10.2026
よくある質問
もう2学期です。生徒のことは知っています。期待は効かないのですか。
札を貼るだけでは効きません。1984年に18の実験を集め直した論文が示したのは、教師がすでによく知っている生徒に「この子は伸びます」と伝えても、テストの点はほとんど動かなかったということです。動くのは行動のほうです。誰を指すか、どんな問題を渡すか、どう返すか。最後の節に手順を4本置きました。
4つのうち、どれから始めればいいですか。
指名の回数からです。座席表に正の字を書くだけなので、授業をしながらできます。ハリスとローゼンタールが1985年にまとめたところでは、いちばん強く出たのは教室の空気と、渡す課題の2つでした。ただしこの2つは、自分では見えません。今日1時間で誰に0回だったかは、記録すればその場で分かります。