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「寝ながら覚える」の100年史:睡眠学習はなぜ何度でもよみがえるのか

枕元のレコードから最新の脳科学まで、人類は100年かけて「寝ている間に勉強したい」と願い続けてきました。たどり着いた答えは、意外にも「寝ている間」ではなく「寝る前」にありました。

文:原田高志(現役高校英語教師)・読了 約10分

枕元で回りつづけたレコード

テスト前夜、単語帳を開いたまま寝落ちしてしまった。そんなとき、ふと思いませんか。「このまま眠っている間に、ぜんぶ頭に入ってくれたらいいのに」と。

安心してください。その願いは、少なくとも100年前からあります。

1927年、アロイス・ベンジャミン・サリジャーという発明家が「サイコフォン(Psycho-Phone)」という機械を売り出しました。ニューヨークで事業をしていた人物です。エジソンの蓄音機を改造したもので、眠っている人の枕元で録音されたメッセージを流す、いわば元祖・睡眠学習機です。サリジャーは「自然な眠りは催眠状態と同じだ」と主張し、1932年には「自動・時間制御式の暗示装置」として特許も取りました。1933年の『ニューヨーカー』誌は、1927年以来2,500台以上が売れたと伝えています。

同じ1932年、オルダス・ハクスリーの小説『すばらしい新世界』が出版されます。そこでは子どもたちが、眠っている間に録音の声で標語を繰り返し聞かされ、自分の階級を好きになるよう「教育」されていました。作中ではこの技術を「ヒプノペディア(睡眠教育)」と呼び、事実の知識より、価値観のほうが植えつけやすかった、という設定になっています。

さかのぼれば1911年、ヒューゴー・ガーンズバックのSF小説『ラルフ124C41+』にも、眠っている間に学べる装置が登場します。発明家も小説家も、同じ夢を見ていたわけです。

1956年、脳波計が下した判決

この夢に、はじめて本格的なメスを入れたのが、チャールズ・サイモンとウィリアム・エモンズでした。2人は前年の1955年に、それまでの研究を見直した論文「睡眠中の学習?」を発表していました。題名の最後についた「?」が、すでに多くを語っています。

決め手は(EEG)です。それまでの実験の多くは「本当に眠っていたのか」を確かめられませんでした。そこでサイモン&エモンズ(1956)は、眠っている参加者の脳波を記録しながら、96組の「質問と答え」を5分おきに1つずつ流しました。

結果はこうです。目覚めているときに出やすいアルファ波が減るにつれて、あとで思い出せる項目も減っていきました。そしてアルファ波が消えると、ほどなく記憶もほぼ止まりました。アルファ波のない状態で流した項目のうち、何らかの反応や記憶が見られたのは、およそ5%。しかもその多くは、「目覚めかけ」を示す脳波と重なっていたといいます。

著者たちの結論は、本当の睡眠中の学習は「実用的でなく、おそらく不可能」というものでした。つまり、睡眠学習が「効いた」ように見えたのは、半分起きていたから、というわけです。

それでも夢は死ななかった

ところが、話はここで終わりません。睡眠学習は、何度でもよみがえってきます。

2012年、イスラエルのワイツマン科学研究所のアルジらは、眠っている人に「音」と「におい(よいにおい・いやなにおい)」をペアにして示しました。すると、眠ったまま、音だけを聞いたときの鼻の吸い方が変わり、その反応は目覚めたあとにも残っていました。本人は覚えていないのに、です。アルジほか(2012)の論文の題名は、ずばり「ヒトは睡眠中に新しい情報を学習できる」。

続くチュースト(Züst)ほか(2019)は、昼寝で深く眠っている(徐波睡眠の)参加者に、意味のない造語と実在のドイツ語をペアで聞かせました。2つめの単語が、脳波のゆっくりした波の「山」にちょうど重なったときは、ペアの結びつきが残りやすくなりました。それが、目覚めたあとの「なんとなく選ぶ」テストに影響していたのです。

ただし、ここが大事なところです。どちらも、条件反射や「なんとなく」のレベルの学習です。「朝起きたら英単語が言えるようになっていた」という話とは、まだかなり距離があります。

それでも睡眠学習がよみがえり続ける理由は、2つあると思います。「努力ゼロで成果だけ欲しい」という願いがとても強いこと。そして、本物の研究の一部が、見出しだけ切り取られて広まりやすいことです。

バラの香りが記憶を呼び戻す

実は、睡眠研究の本当の主役は別のところにいました。「寝ている間に新しく覚える」のではなく、「起きている間に覚えたことを、寝ている間に思い出させる」という発想です。これを標的記憶再活性化(TMR)と呼びます。ねらった記憶を、もう一度呼び起こすという意味です。

有名なのが、『サイエンス』に載ったラッシュほか(2007)の論文です。参加者は、においをかぎながら、物の位置を覚える課題に取り組みました。その夜、深い眠り(徐波睡眠)の間に同じにおいを流すと、翌朝の記憶がよくなりました。レム睡眠中や起きているときに流しても効果はなく、学習中ににおいがなかった場合も効果はありませんでした。使われたのはバラの香りだったと、後の論文が紹介しています。

語学ではどうでしょう。シュライナー&ラッシュ(2015)は、参加者にオランダ語とドイツ語の単語ペアを覚えてもらいました。そのあと、ノンレム睡眠中に、オランダ語の単語だけを音声で流しました。すると、流した単語は、流さなかった単語よりドイツ語訳をよく思い出せたのです。一方、起きている間に同じように聞かせても効果はありませんでした。

この流れを集めたもあります。91の実験(参加者計2,004人)をまとめたフーほか(2020)によると、睡眠中のTMRには、小さめながら確かな効果(g = 0.29)がありました。効いたのはノンレム睡眠のときで、レム睡眠中や起きているときには効いていませんでした。

教室に近い研究もあります。ノイマンほか(2020)では、ドイツの6年生54人が英単語を家で勉強するとき、そばにバラの香りのお香(火はつけない)を置き、寝るときも枕元に置きました。すると、眠っている間にも香りがあった条件で、香りなしのグループよりテストの間違いが少なかったのです。さらに、オンラインで160人がドイツ語と日本語の単語ペア40組を学んだクネッツェレほか(2023)では、学習・睡眠・テストのすべてでバラの香りを使ったグループが、ほかより8.5%多く覚えていました。

睡眠は「新しく覚える時間」ではなく、「昼間に覚えたことを片づける時間」です。

本当の主役は「寝る前の勉強」

ここまで来ると、答えが見えてきます。睡眠が力を発揮するのは、眠る前にきちんと覚えたものに対してです。

じつは「寝ると忘れにくい」こと自体は、100年前から知られていました。1924年、ジェンキンス&ダレンバックは、同じ時間がたっても、起きていた場合より眠った場合のほうが記憶がよく残ることを報告しています。

語学にぴったりの研究が、ガイスほか(2006)です。英語を母語とするアメリカの高校生が、ドイツ語の単語を朝8時か夜8時に覚えました。すると、朝に覚えた場合のほうがずっと多く忘れていました。夜に覚えて数時間以内に眠ると、記憶がよく残ったのです。さらに、覚えた夜に徹夜させると記憶は悪くなり、その差は一晩ぐっすり寝て取り戻そうとしても消えませんでした。

つまり、効くのは「寝ながら聞く」ことではなく、「寝る前に覚えて、しっかり眠る」こと。100年かけて、人類は少し地味で、でも確かな答えにたどり着いたわけです。

原田先生の結論

寝ながら新しい単語を覚える、という夢は、1956年の脳波研究でいったん否定されました(睡眠学習の判定)。その後の研究でも、「条件反射レベルなら」というところにとどまっています。一方で、眠る前に学んだことを眠りが守り、整理してくれることは、くり返し確かめられてきました(寝る前に学ぶ、睡眠による定着)。においや音で記憶を呼び起こす睡眠中の再生(TMR)は面白い研究ですが、家庭で試すなら「眠りを妨げない」ことが大前提です。眠りが浅くなっては元も子もありません。

イヤホンをつけて寝るより、寝る前の15分を大切に。これが、100年の歴史から引き出せるいちばん確かな教訓だと思います。

今日からできること

  • 寝る前に、今日の単語を「隠して思い出す」テストを1回だけやる(検索練習)
  • 覚えたらスマホを置いて、そのまま寝る(徹夜は記憶の敵)
  • 翌朝、同じ単語をもう一度テストして、眠りの効果を確かめる
  • 試したい人は、勉強中と寝るときに同じ香りを置いてみる(ただし眠りの邪魔にならない範囲で)

参考文献

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  • Huxley, A. (1932). *Brave New World*. Chatto & Windus.(作品内容は英語版Wikipedia「Brave New World」で確認)
  • サイコフォンとサリジャーについて:英語版Wikipedia「Sleep-learning」「Alois Benjamin Saliger」(典拠:*The New Yorker*, 1933 "Psycho-Phone"; PBS *History Detectives*)https://en.wikipedia.org/wiki/Sleep-learning