姉妹サイト論文でウラ取りした雑学「マジカ!?サイエンス」も読む →

🎻 読みもの

「モーツァルト効果」が世界を巻き込んだ話:36人の実験から州知事のCDまで

1ページの論文が、やがて「赤ちゃん全員にクラシックCDを」という州の予算案にまでたどり着きました。モーツァルトを聞くと頭がよくなる、という話はどこから来て、どこへ行ったのでしょうか。

文:原田高志(現役高校英語教師)・読了 約10分

赤ちゃん全員にクラシックを

「モーツァルトを聞くと頭がよくなるらしいよ」。そう言われて、勉強中にクラシックを流してみたことはありませんか。

この「らしい」が、本当に政治を動かしたことがあります。1998年1月、アメリカ・ジョージア州のゼル・ミラー知事が、年間10万5,000ドルの予算を求めると発表しました。州で生まれるすべての赤ちゃんに、クラシック音楽のテープかCDを贈るためです。『ニューヨーク・タイムズ』は「ジョージア州知事、赤ちゃんに音楽のスタートを」という見出しで報じています。

赤ちゃんの脳にいいなら、安いものです。でも、その根拠をたどっていくと、意外なほど小さな実験にたどり着きます。

始まりは『ネイチャー』の1ページ

1993年10月、科学誌『ネイチャー』に、ラウシャー、ショー、キーの3人による短い論文が載りました。題名は「音楽と空間課題の成績」。本文はわずか1ページです。

参加したのは大学生36人。条件は3つです。モーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448」を聞く。リラックスするための言葉の指示を聞く。静かに座っている。そのあとで、知能検査(スタンフォード・ビネー)の中の空間的な推理の課題を解きました。すると、モーツァルトのあとが一番よい成績でした。スティールほか(1999)の要約によると、その差はIQに換算して8〜9ポイント分にあたります。

ただし、論文をよく読むと、条件がたくさんついています。測ったのは空間課題だけで、一般的な「IQ」を測ったわけではありません。そして効果は一時的で、15分ほどの検査時間を超えて続くものではありませんでした。

つまり最初の主張は、「ある曲を聞いた直後、ある種の空間パズルが少し解きやすくなった」。それだけです。

「頭がよくなる」への伝言ゲーム

ところが、ここから伝言ゲームが始まります。

1994年には『ニューヨーク・タイムズ』の音楽評論で、モーツァルトを聞くと「実際に頭がよくなる」という書き方がされました。1997年にはドン・キャンベルの本『モーツァルト効果』が出版され、子ども向けの続編も出ます。そして1998年、ジョージア州の予算案です。

「大学生」が「赤ちゃん」に、「空間課題」が「頭のよさ」に、「15分」が「一生」に。ひとつひとつは小さなずれでも、重なると別の話になってしまいます。

当のラウシャー自身は1999年、「そんな主張はしていない」と述べています。効果があるのは、頭の中でイメージを動かすような空間・時間的な課題に限られる、という説明でした。知事の案についても、そのお金は音楽教育に使ったほうがよい、という趣旨のコメントを残しています。研究者がいちばん困っていたのかもしれません。

音楽が頭をよくしたのではなく、気分が上がった人が、少しだけパズルを解けたのでした。

1999年、追試の嵐

科学のよいところは、ほかの人が確かめられることです。

1999年、『ネイチャー』に2つの反論が並びました。ひとつはクリストファー・シャブリスによるです。合わせて714人分のデータをまとめると、効果はIQに換算して平均1.4ポイント。空間・時間的な課題に限っても2.1ポイントほどでした。もうひとつはスティールらのグループです。「紙を折って切る」空間課題に絞って試しても、音楽そのものに効果があるという証拠は、ほとんど見つかりませんでした。同じ年、スティールらは別のでも再現できなかったと報告しています。

では、元の実験で見えた差は何だったのか。ここで面白い研究が出てきます。

ナンタイス&シェレンバーグ(1999)は、まず元の結果を再現しました。モーツァルトでもシューベルトでも、静かに座っているより成績がよかったのです。ところが、比べる相手を「静けさ」から「朗読された物語」に変えると、差は消えました。成績を左右していたのは、その人が音楽と物語のどちらを好んだかでした。

続くトンプソンほか(2001)は、明るく元気なモーツァルトのソナタと、ゆっくりで悲しげなアルビノーニのアダージョを比べました。成績が上がったのはモーツァルトのあとだけ。しかし、聞いたあとの「覚醒(目のさえ)」と「気分」の違いの影響を、計算で取り除いてみると、モーツァルト効果は消えてしまいました。

極めつけは、10〜11歳の子どもたちを対象にした、シェレンバーグ&ハラム(2005)の研究です。流行のポップスを聞いた子どもたちが、モーツァルトを聞いた子どもより、紙折り課題でよい成績をとりました。論文の副題は「ブラー効果」。ブラー(Blur)はイギリスのロックバンドの名前です。

決定打となったメタ分析

2007年には、ドイツ連邦教育研究省の依頼で、神経科学・心理学・教育学・音楽などの専門家9人が報告書をまとめました。結論は、モーツァルトでもほかの好きな音楽でも、ただ聞くだけで頭がよくなることはないというものでした。短い間だけ効果が見えた場合も、20分ほどで消えてしまう。しかも、好きな音楽や物語の朗読でも同じように起きる、とされています。

2010年には、ピーチュニヒ、ヴォラチェク、フォルマンが、それまでで最大規模のメタ分析を発表しました。題名は「モーツァルト効果だか何だか効果(Mozart effect–Shmozart effect)」。約40の研究をまとめると、効果を裏づける証拠はとぼしいものでした。しかもラウシャーやライドアウトといった、効果を報告してきた研究者が関わる研究では、効果の大きさがほかの3倍以上になっていました。

さらにピーチュニヒらは、てんかんに効くとうたう研究にも同じ目を向けました。8研究207人分をまとめたオーバーライター&ピーチュニヒ(2023)では、K.448にも音楽一般にも確かな効果は見られませんでした。神話を長生きさせたのは、「権威ある論文に載った」という印象と、人数が少なく効果を見つけ出す力(検出力)が弱い研究、そしてやり方がよく見えない報告だった、と彼らは指摘します。

では、英語の勉強中のBGMは?

ここからが、英語を学ぶ人にとって本題です。

勉強中の音楽については、サラメ&バドリー(1989)の実験があります。数字の列を覚える課題で、歌詞のある音楽は器楽曲よりはっきり邪魔になることが示されました。人の声は、たとえ聞き流していても、言葉を頭の中で保つしくみに割り込んでくるのです。

BGMの研究をまとめたケンプフェほか(2011)のメタ分析では、全体としては「プラスでもマイナスでもない」という結果でした。ところが中身を見ると、BGMは読むことを妨げ、記憶にも小さなマイナスがありました。そのかわり、気分は上がり、スポーツの成績は上がっていました。

英語の勉強は、ほとんどが「言葉を頭に入れる」作業です。英文を読む、単語を覚える、リスニングをする。どれも、歌詞つきの音楽と同じ「言葉の通り道」を取り合います。

最後に、ちょっと意外な研究をひとつ。ガオほか(2020)は、大学生50人に、クラシック(ショパン、ベートーヴェン、ヴィヴァルディ)を流しながら経済学の講義を受けてもらいました。そして、その夜の深い眠りの間に、同じ音楽を流したのです。すると翌日、概念を結びつける問題の成績が18%よくなりました。ただし9か月後には差は残っていませんでした。音楽の力は「頭をよくする」ことではなく、記憶を呼び出す合図として働いたわけです。

原田先生の結論

モーツァルト効果は、「36人の大学生が、ある曲を聞いた直後に、空間パズルを少しだけ解きやすくなった」という小さな発見でした。その後の研究で、正体はモーツァルトではなく「好きなものを聞いて気分と目のさえが上がったこと」だとわかってきました。

だから、勉強前に好きな曲で気分を上げるのはアリです。でも、英文を読んだり単語を覚えたりしている最中に歌詞つきの曲を流すのは、損をしている可能性が高いと思います。音楽は「勉強の前」と「ごほうび」に回しましょう。勉強法そのものの効き目を比べたいなら、学習技法総覧のほうがずっと頼りになります。

今日からできること

  • 勉強を始める前に、好きな曲を1曲だけ聞いて気分を上げる
  • 英文を読む・単語を覚えるときは、無音か、歌詞のない静かな曲にする
  • 英語の歌を楽しむときは「ながら」ではなく、歌詞を見ながら聞く時間として独立させる(歌で学ぶ、Jazz Chants)
  • 「〇〇を聞くだけで頭がよくなる」という話を見たら、元の実験の人数と条件を確かめる(サブリミナル音声の判定も参考に)

参考文献

  • Rauscher, F. H., Shaw, G. L., & Ky, K. N. (1993). Music and spatial task performance. *Nature*, 365(6447), 611. https://doi.org/10.1038/365611a0
  • Chabris, C. F. (1999). Prelude or requiem for the 'Mozart effect'? *Nature*, 400(6747), 826–827. https://doi.org/10.1038/23608
  • Steele, K. M., Dalla Bella, S., Peretz, I., Dunlop, T., Dawe, L. A., Humphrey, G. K., Shannon, R. A., Kirby, J. L., Jr., & Olmstead, C. G. (1999). Prelude or requiem for the 'Mozart effect'? *Nature*, 400(6747), 827–828. https://doi.org/10.1038/23611
  • Steele, K. M., Bass, K. E., & Crook, M. D. (1999). The mystery of the Mozart effect: Failure to replicate. *Psychological Science*, 10(4), 366–369. https://doi.org/10.1111/1467-9280.00169
  • Nantais, K. M., & Schellenberg, E. G. (1999). The Mozart effect: An artifact of preference. *Psychological Science*, 10(4), 370–373. https://doi.org/10.1111/1467-9280.00170
  • Thompson, W. F., Schellenberg, E. G., & Husain, G. (2001). Arousal, mood, and the Mozart effect. *Psychological Science*, 12(3), 248–251. https://doi.org/10.1111/1467-9280.00345
  • Schellenberg, E. G., & Hallam, S. (2005). Music listening and cognitive abilities in 10- and 11-year-olds: The Blur effect. *Annals of the New York Academy of Sciences*, 1060, 202–209. https://doi.org/10.1196/annals.1360.013
  • Pietschnig, J., Voracek, M., & Formann, A. K. (2010). Mozart effect–Shmozart effect: A meta-analysis. *Intelligence*, 38(3), 314–323. https://doi.org/10.1016/j.intell.2010.03.001
  • Oberleiter, S., & Pietschnig, J. (2023). Unfounded authority, underpowered studies, and non-transparent reporting perpetuate the Mozart effect myth: A multiverse meta-analysis. *Scientific Reports*, 13, 3175. https://doi.org/10.1038/s41598-023-30206-w
  • Abbott, A. (2007, April 13). Mozart doesn't make you clever. *Nature News*. https://doi.org/10.1038/news070409-13
  • Salamé, P., & Baddeley, A. (1989). Effects of background music on phonological short-term memory. *The Quarterly Journal of Experimental Psychology Section A*, 41(1), 107–122. https://doi.org/10.1080/14640748908402355
  • Kämpfe, J., Sedlmeier, P., & Renkewitz, F. (2011). The impact of background music on adult listeners: A meta-analysis. *Psychology of Music*, 39(4), 424–448. https://doi.org/10.1177/0305735610376261
  • Gao, C., Fillmore, P., & Scullin, M. K. (2020). Classical music, educational learning, and slow wave sleep: A targeted memory reactivation experiment. *Neurobiology of Learning and Memory*, 171, 107206. https://doi.org/10.1016/j.nlm.2020.107206
  • Sack, K. (1998, January 15). Georgia's governor seeks musical start for babies. *The New York Times*, A12.(英語版Wikipedia「Mozart effect」の引用で確認)https://en.wikipedia.org/wiki/Mozart_effect