2026年2月10日、お昼。
X(旧Twitter)のタイムラインに、ある単語Botの投稿が流れてきました。
投稿の内容はたった2行。
300万回以上表示。
たった2行の「紅茶の豆知識」が、なぜこんなにバズったのか?
そしてこの1つの投稿をきっかけに、タイムラインが統計学の歴史やらISO規格やらの話で溢れかえるカオスな展開に——。
「え、なんで紅茶の話からISOが出てくるの?」と思ったあなた。
大丈夫です。この記事を読めば全部つながります。
アイスティーを作ったとき、なぜか白く濁ってしまった経験はありませんか?
ミルクなんて入れてないのに、まるでミルクティーのように白っぽくなるアレ。
実はあの現象、英語で “cream down”(クリームダウン)という立派な名前がついています。
💡
cream down のメカニズム
紅茶に含まれるカフェインとタンニン(カテキン類)は、お湯の中では分離しています。ところが温度が下がると、この2つが結合して大きな分子の塊を作ります。この塊が光を散乱させるため、紅茶が白く濁って見えるのです。つまり、「クリームを入れたように見える」から “cream down”。そのまんまですね。
ちなみに “milk down”(ミルクダウン)とも呼ばれます。
「味は変わるの?」と気になる人も多いと思いますが、基本的に品質には問題なし。見た目がちょっと残念になるだけです。
英語学習者の視点で見ると、”cream down” はとても面白い単語です。
日本人が “cream” と聞くと「クリーム=名詞」と思いがち。でも英語では“cream” は動詞としても使えるんです。
🗣 “cream” の動詞用法:
cream the butter(バターをクリーム状にする)
cream off the profits(利益のいいとこ取りをする)
cream down(クリーム状に白濁する)
名詞→動詞の転換(conversion)は英語のお家芸。“google it” や “text me” と同じ発想ですね。
“cream down” の “down” は、温度が「下がる」ことと、品質が「下がる」(濁ってしまう)ことをダブルで表現しています。
英語の “down” は本当に万能で、”break down“(故障する)、”cool down“(冷える)、”let someone down“(がっかりさせる)など、「状態が下がる」ニュアンスを簡潔に表現できます。
「クリームみたいに白くなって(cream)、沈む(down)」——
科学用語なのに、単語の意味そのままで現象を説明できているのが英語のすごいところ。
日本語でも「白濁現象」より「クリームダウン」のほうが圧倒的に直感的ですよね。
だからこそ、日本の紅茶業界でもそのままカタカナ英語として定着しています。
「cream down」が300万回表示を超えると、リプライ欄がとんでもない方向に発展していきました。
特に話題になったのが、このリプライ。
・紅茶の違いのわかる婦人(実験計画法)
・ISO 3103(茶-官能検査用液体の作成)
紅茶のBotに対して統計学とISO規格を投げてくるリプライ。
知的すぎる。知的すぎて笑ってしまう。
流行らせるよ、僕が
こういう人がいるからXは最高なんですよね。
さて、このリプライに出てきた2つのキーワード、
「紅茶の違いのわかる婦人」と「ISO 3103」。
これが実はどちらも紅茶にまつわる超有名エピソードなんです。
英語では “The Lady Tasting Tea”。
これは統計学の教科書に必ずと言っていいほど出てくる、超有名な実験です。
1920年代のイギリス、ケンブリッジ大学。
ある夏の午後のティーパーティーでの出来事。
🫖 伝説のエピソード
統計学者ロナルド・フィッシャーが、同僚のミュリエル・ブリストル博士に紅茶を差し出したところ、彼女はこう言いました。
「ミルクを先に入れたのか、紅茶を先に入れたのか、
飲めばわかるわ」
フィッシャーは「そんなバカな」と思いましたが、「じゃあ実験してみよう」と——。
フィッシャーは8杯のミルクティーを用意しました。4杯はミルクが先、4杯は紅茶が先。ランダムに並べて、ブリストル博士にどちらか当てさせたのです。
結果——彼女は8杯すべてを正しく言い当てました。
偶然で全問正解する確率はわずか70分の1(≒1.4%)。
この実験を分析する過程でフィッシャーが考案したのが、現代統計学の基礎となる「帰無仮説」と「フィッシャーの正確確率検定」です。
🧠 ここがすごい:
たった1杯のミルクティーをめぐる「入れる順番で味が変わるの?」という日常の議論が、現代統計学の基礎を生んだのです。研究者フィッシャーの著書『実験計画法』(1935年)に収録され、今も世界中の統計学の授業で教えられています。
💡
英語ワンポイント:”The Lady Tasting Tea”
この “tasting” は現在分詞で「紅茶を味わっている婦人」という意味。英語のタイトルとしてめちゃくちゃエレガントです。David Salsburgによる同名の科学読み物は、統計学の入門書として名著と言われています。
もう一つの「ISO 3103」。これもぶっ飛んでいます。
紅茶の淹れ方に、ISOの国際規格が存在します。
正式名称は——
つまり「紅茶の味を科学的に評価するための、淹れ方のお作法」をISO(国際標準化機構)が定めたものです。
ポットの重さまで「200g ±10g」と規定されていて、もはや工業製品レベルの精密さです。
もちろん、これは「美味しい紅茶の淹れ方」ではなく「テイスティング試験のための標準手順」です。でもまさか紅茶にISOがあるとは……。
😂
ちなみに:イグノーベル賞を受賞しています
この規格のもとになった英国規格 BS 6008 の作成者は、1999年のイグノーベル賞を受賞しました。「紅茶の正しい淹れ方に国際規格を作った」という、まじめなのかふざけてるのかわからない偉業が評価された形です。
せっかくなので、この話題に出てきた英単語をまとめて覚えてしまいましょう。
| 英語 | 発音 | 意味 |
|---|---|---|
| cream down | クリームダウン | 紅茶が冷えて白く濁る現象 |
| tannin | タニン | 渋味成分(ポリフェノールの一種) |
| caffeine | カフィーン | 覚醒作用のある苦味成分 |
| precipitate | プリシピテイト | 沈殿する/沈殿物 |
| sensory test | センソリーテスト | 官能検査(味覚・嗅覚による評価) |
| liquor | リカー | (紅茶用語で)抽出液 ※お酒ではない |
| null hypothesis | ナルハイポセシス | 帰無仮説(「差はない」という前提) |
| infusion | インフュージョン | (お湯に茶葉を浸して)抽出すること |
💡
“liquor” の注意点
日本人が “liquor” を見ると「お酒でしょ?」と思いますよね。でも紅茶の世界では「茶葉から抽出した液体」を意味します。ISO 3103 のタイトルにも “Preparation of liquor” と堂々と書かれています。知らないと「紅茶の規格なのに酒を作ってる?」と混乱しますが、もともとの語源は「液体」(ラテン語 liquor)なので、お酒も紅茶液も同じ「liquor」なのです。
せっかく学んだので、実生活にも活かしましょう。
アイスティーを作るとき、クリームダウンを防ぐ方法がちゃんとあります。
渋みの少ない茶葉を選ぶ
タンニンが少ない茶葉ほど濁りにくい。アールグレイやニルギリがおすすめです。
熱いうちに砂糖を入れる
砂糖がタンニンとカフェインの結合を阻害します。
甘いアイスティーでOKなら最も手軽な方法。
氷で一気に急冷する
ゆっくり冷ますとタンニンとカフェインが結合する時間ができてしまう。
大量の氷に一気に紅茶を注ぐのがプロの技。
✍️ 英語で言うなら:
“To prevent cream down, rapidly cool the tea by pouring it directly over ice.”
(クリームダウンを防ぐには、紅茶を直接氷の上に注いで急速に冷やす。)
最初はただの「紅茶の豆知識Bot」の投稿でした。
それが300万回表示されて、タイムラインには——
英語学習って、こういう「へえ!」の連鎖から始まるのが一番楽しいんですよね。
「cream down」を知らなかった人は、今日から知っている側の人間です。
次にアイスティーが白く濁ったとき、「あ、cream down だ」とつぶやけたら——もう立派な紅茶英語マスターです。
「あまり使わない単語を120分毎につぶやくbot」。
そのコンセプトで4,700語以上を投稿し続けているのがまずすごい。
そしてたった2行の投稿が300万回以上見られて、TLを紅茶の授業に変えてしまった。
知識の種を撒き続けていれば、いつかこういう日が来る。
「あまり使わない単語」が「みんなが知ってる単語」に変わる瞬間を、Botが作ってしまいました。
それにしても、木曜日さん。
流行ったかな、「クリームダウン」。
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次のアイスティーで「cream downだ」と言える仲間を増やしましょう!
(2026年2月11日時点の情報です)
