割れても飛び散らない安全ガラスは、落としたフラスコから生まれたのか
失敗から生まれたNo.007

割れても飛び散らない安全ガラスは、落としたフラスコから生まれたのか

「落としたフラスコ」は、発明者本人の話。

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この判定の対象「割れても飛び散らない安全ガラスは、落としたフラスコから生まれた」

うなり度 読む時間9分 出典6件 確認した事実22件
もくじ
  1. 合わせガラスの発明者は、化学者で、模様のデザイナーでもあった
  2. 「フラスコを落としても破片が飛び散らなかった」という話は、語る人によって中身が違う
  3. ベネディクトゥスの特許には、2枚のガラスでプラスチックの板をはさむ作り方が書かれていた
  4. 合わせガラスが最初に守ったのは、車の運転手ではなく、兵士の目だった
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

東京都庭園美術館には、1924年ごろに作られた大きな模様の本(図案集)があります。題名は『ヴァリアシオン 20枚の図版による86の装飾モティーフ』です。この本には、アール・デコと呼ばれるデザインの模様が、ぎっしり描かれています。色は、ポショワールという方法で付けられています。型紙を使って、色を一色ずつ刷り重ねる方法です。

この本を作ったのは、エドゥアール・ベネディクトゥス(Édouard Bénédictus)という人です。この名前は、ガラスの歴史にも出てきます。車のフロントガラスに使われる「割れても飛び散らないガラス」を発明した人として知られているのです。このガラスを、合わせガラスと呼びます。

合わせガラスの発明には、有名な話があります。実験室でガラスのフラスコを落としたら、ヒビだらけになったのに、破片が飛び散らなかった、という話です。ところが2024年、アメリカの化学の歴史の研究者が、この話を調べ直しました。そして、「歴史的な事実というより伝説になっている」と書きました。

この記事では、まずベネディクトゥスがどんな人だったかを紹介します。次に、フラスコの話がどこまで確かなのかを、特許などの記録と比べます。最後に、ガラスが飛び散らないようにする仕組みを説明します。

01合わせガラスの発明者は、化学者で、模様のデザイナーでもあった

ベネディクトゥスはフランス人です。1878年に生まれ、1930年に亡くなりました。アメリカのノースダコタ州立大学に、セス・ラスムセン(Seth Rasmussen)という化学者がいます。ラスムセンは2024年の論文で、ベネディクトゥスを、化学者であり芸術家でもあった人として紹介しています。

東京都庭園美術館には、『ヴァリアシオン』のほかにも、ベネディクトゥスの図案集があります。20枚の図版に75の模様を収めた『ヌーヴェル・ヴァリアシオン』と、15枚の図版に42の模様を収めた『ルレ』です。『ヴァリアシオン』は、美術館のデータで、アール・デコの作品として登録されています。

ベネディクトゥスは、化学の実験と、模様のデザインの両方の仕事をしていました。合わせガラスの特許も、この人の名前で出されています。

02「フラスコを落としても破片が飛び散らなかった」という話は、語る人によって中身が違う

カナダのマギル大学の解説から、よく知られた話を紹介します。

1903年、ベネディクトゥスはガラスのフラスコを落としました。フラスコは割れましたが、破片は飛び散りませんでした。このフラスコには、前にコロジオンをアルコールに溶かした液が入っていました。コロジオンは、綿を硫酸と硝酸で処理して作る、プラスチックの一種です。アルコールが蒸発して、フラスコの内側に、コロジオンの薄い膜が残っていたのです。

この話には続きがあります。その後、ベネディクトゥスは、初期の自動車事故で少女がガラスで切られたという記事を読みました。そして、一晩かけてガラスに膜をつける実験をしました。こうして、1日のうちに最初の「安全ガラス」を作った、というものです。

ところが、この話の細かいところは、語る人によって変わります。アメリカのセラミックス学会の雑誌の解説では、落ちたのはフラスコではなく「瓶」です。中についていたのは、硝酸セルロースの膜だと書かれています(コロジオンも、硝酸セルロースの仲間です)。

ラスムセンは、2024年の講演の要旨(内容を短くまとめた文)で、こう指摘しました。この話はいろいろな本に載っているが、語られるたびに細かいところが変わっている。そして講演では、ベネディクトゥス本人が伝えた実験室の出来事を、歴史の目で調べると予告しています。つまり、この出来事については、発明者自身が語った記録があるということです。

03ベネディクトゥスの特許には、2枚のガラスでプラスチックの板をはさむ作り方が書かれていた

確かな記録は、特許です。フランスの特許FR405881は、1909年8月10日に出願され、1910年1月15日に公開されました。題名を訳すと、「セルロイドの芯をはさんで補強したガラス」です。セルロイドは、硝酸セルロースから作る、昔の代表的なプラスチックです。

同じ発明のイギリスの特許(1910年公開)には、作り方が書かれています。まず、セルロイドの板の表面を、アセトンなどの液で柔らかくします。それを2枚のガラスの間にはさんで、強い力で押して貼り合わせます。今の合わせガラスと同じ、サンドイッチの形です。特許の要約の最後には、ガラスとセルロイドの板に、模様や色をつけてもよい、とも書かれています。

合わせガラスの仕組み。ガラスが割れても、破片は間の膜に貼りついたまま残る。
合わせガラスの仕組み。ガラスが割れても、破片は間の膜に貼りついたまま残る。

ただし、合わせガラスを最初に考えたのが、ベネディクトゥスだとは限りません。アメリカのセラミックス学会の雑誌の解説によると、もっと早い形の合わせガラスの特許がありました。イギリスのジョン・C・ウッドが、1906年に取った特許です。ただ、ウッドの方法は作るのが難しかったので、商品のもとになったのはベネディクトゥスの方法だった、とされています。

04合わせガラスが最初に守ったのは、車の運転手ではなく、兵士の目だった

1912年、この発明を使う権利が、イギリスの会社に与えられました。トリプレックス安全ガラス社です。マギル大学の解説によると、合わせガラスが最初に実際に役立ったのは、第一次世界大戦で使われたガスマスクの目の部分でした。

合わせガラスが車に使われ始めた時期は、資料によって食い違います。

  • ラスムセンの2024年の論文の要旨:第一次世界大戦中。
  • 同じラスムセンの、同じ年の講演の要旨:1929年のフォード社。
  • アメリカのセラミックス学会の雑誌:1927年のフォード・モデルAで、初めから付いている装備になった。

発明者の話だけでなく、その後の年表にも、まだはっきりしない部分が残っているのです。

最初の合わせガラスには、弱点がありました。硝酸セルロースの膜が、古くなると黄色くなってしまうのです。そこで1933年には、膜の材料が酢酸セルロースに置き換わりました。酢酸セルロースは少し弱いものの、黄色くなりません。

1930年代の初めには、新しいプラスチックが開発されました。デュポン社とモンサント社が作った、PVB(ポリビニルブチラール)です。1939年からは、このPVBの膜が、フロントガラスの標準になりました。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

普通のガラスは、ほとんど伸びずに割れるので、とがった破片が飛び散る

ガラスは、ほとんど伸びずに、いきなり割れる材料です。このような材料を「もろい」材料と呼びます。ガラスの表面の小さな傷に、引っぱる力が集まると、ヒビが一気に走ります。そして、とがった破片がばらばらに飛び散ります。

初期の車のフロントガラスには、普通の板ガラスが使われていました。そのため、事故のときに大けがの原因になりました。アメリカのセラミックス学会の雑誌によると、オールズモビル社がフロントガラスを車に初めから付けるようにしたのは、1915年です。

割れても危なくないガラスには、合わせガラスと強化ガラスの2種類がある

ガラスが飛び散る問題には、2つの違う解決法があります。

1つめは、合わせガラスです。2枚のガラスの間に、よく伸びる透明なプラスチックの膜をはさんで貼り合わせます。ガラスが割れても、破片は膜に貼りついたまま落ちません。膜がゴムのように伸びて、ぶつかった力を受けとめるので、物がガラスを突き抜けにくくもなります。PVBが広まったのは、見やすさと、突き抜けにくさが、セルロイドより優れていたからです。

2つめは、強化ガラスです。ガラスを高い温度にしてから急に冷やすと、表面が先に固まります。その後、内側が遅れて縮もうとするので、表面には、ぎゅっと押し縮められる力が残ります。表面が押し縮められているので、傷が広がりにくくなります。強化ガラスは、割れるときには全体が一気に細かく砕け、角の丸い小さな粒になります。

マギル大学の解説では、強化ガラスは、19世紀の半ばに、フランスのロワイエ・ド・ラ・バスティが開発したとされます。車には1938年に、ピッツバーグ・プレート・ガラス社の「ハーキュライト」として登場しました。

ほかに、溶かした硝酸カリウムにガラスをひたす「化学強化」という方法もあります。ガラスの表面にあるナトリウムが、それより大きなカリウムと入れ替わります。狭い場所に大きな粒が押しこまれる形になるので、表面を押す力が生まれます。

今の車では、横の窓には強化ガラス、フロントガラスには合わせガラスと、使い分けられています。割れても破片が落ちず、物が突き抜けにくいという合わせガラスの性質は、運転手の目の前でこそ役に立ちます。

発明の「ひらめきの話」は、その時代の記録と、後から書かれた記録を分けて読む

「偶然ひらめいた」という発明の話は、発明者本人の思い出話から生まれることがよくあります。思い出話は何年も後に書かれるので、分かりやすく、印象に残る形に整えられがちです。ベネディクトゥスの話も、2024年の研究で、伝説に近いと見直されました。

もう一つの見方もあります。ウッドの1906年の特許のように、同じころ、別の人も似たことを考えていました。ラスムセンの講演の要旨も、トリプレックス社を、当時のほかの似た取り組みと比べて論じる、と予告しています。一人の天才のひらめきに見える発明も、記録を並べると、何人もが同じ問題に取り組んでいた時代の中の一つとして見えてきます。

記録が確かかどうかを調べるときは、記録を「その時代に書かれたもの」と「後から書かれたもの」に分けて考えます。ベネディクトゥスの場合、その時代の確かな記録は、1909年の特許です。よく語られる1903年の出来事は、その6年前のことです。そして、イギリスの特許の要約には、フラスコの話は出てきません。

出来事と、それを伝える記録の間に何年あるかを数えること。これが、ある話がどれくらい確かかを確かめる、一番手軽な方法の一つです。

05まとめ

割れても飛び散らない合わせガラスは、フランスのベネディクトゥスの特許(1909年出願)から広まりました。合わせガラスが最初に実際に役立ったのは、第一次世界大戦のガスマスクの目の部分です。

「フラスコを落としても破片が飛び散らなかった」という話は、本人も語っている出来事です。でも、細かいところは、語られるたびに変わってきました。2024年の研究は、この話を伝説に近いと見ています。

東京都庭園美術館の収蔵品のデータベースで「ベネディクトゥス」を探すと、出てくるのはガラスではなく、色鮮やかな模様の本です。

人に話すなら、こう言おう

車のフロントガラスに使う「割れても飛び散らないガラス」を発明したフランス人、実は模様のデザイナーでもあって、その模様の本が東京の美術館にあるんだって。
READ IN ENGLISH

英語で読む

The Artist Who Made Glass Safe

CEFR A2227 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In a museum in Tokyo, there is a large book of colorful patterns from about 1924.東京のある美術館に、1924年ごろの色あざやかな模様の大きな本があります。 The artist was a Frenchman named Edouard Benedictus.作者はエドゥアール・ベネディクトゥスというフランス人でした。 But he was not only an artist.でも、彼は芸術家だけではありませんでした。 He was also a chemist, and he is known for safety glass.化学者でもあり、安全ガラスで知られているのです。

Safety glass does not fly into sharp pieces when it breaks.安全ガラスは、割れてもとがった破片になって飛び散りません。 There is a famous story about how he got the idea.彼がどうやってそのアイデアを思いついたかについて、有名な話があります。 In 1903, he dropped a glass flask in his lab.1903年、彼は実験室でガラスのフラスコを落としました。 It cracked, but the pieces stayed in place.フラスコにはヒビが入りましたが、破片はその場にとどまりました。 A thin plastic film inside the flask held them together.フラスコの内側についたうすいプラスチックの膜が、破片をつなぎとめていたのです。

But is the story true?でも、この話は本当なのでしょうか。 In 2024, a historian of chemistry studied it again.2024年、ある化学史の研究者がこの話を調べ直しました。 He said the story was more like a legend than history.彼は、この話は歴史というより伝説に近いと言いました。 The details change each time people tell it, but Benedictus himself also told it.細かいところは語られるたびに変わりますが、ベネディクトゥス本人もこの出来事を語っています。

We can be sure about one thing.一つだけ確かなことがあります。 In 1909, Benedictus asked for a patent in France.1909年、ベネディクトゥスはフランスで特許を出願しました。 His idea was simple: put a sheet of celluloid, an early kind of plastic, between two sheets of glass.彼のアイデアは簡単です。初期のプラスチックであるセルロイドの板を、2枚のガラスの間にはさむのです。 If the glass breaks, the pieces stick to the plastic.ガラスが割れても、破片はプラスチックにくっつきます。

At first, the glass did not protect drivers.最初、このガラスが守ったのは運転手ではありませんでした。 It protected soldiers' eyes in gas masks during World War One.第一次世界大戦で、ガスマスクをつけた兵士の目を守ったのです。 Later, it went into car windows.その後、車の窓に使われるようになりました。 Today, car windshields use this kind of glass.今では、車のフロントガラスにこの種類のガラスが使われています。 And if you look for Benedictus at the museum in Tokyo, you will find patterns, not glass.そして東京の美術館でベネディクトゥスを探すと、見つかるのはガラスではなく模様なのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did Benedictus ask for a patent in France?

    ベネディクトゥスがフランスで特許を出願したのはいつですか。

  3. Q3In the famous story, why did the pieces of the flask stay in place?

    有名な話では、フラスコの破片がその場にとどまったのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 3, the word "legend" is closest in meaning to:

    第3段落の "legend" に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about Benedictus?

    ベネディクトゥスについて正しいのはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • chemist名詞
    化学者

    The chemist mixed two liquids in a glass.

    その化学者はグラスの中で2つの液体を混ぜた。

    💡 chemistry(化学)+ -ist(人)。イギリス英語では「薬剤師」の意味もある。

  • flask名詞
    フラスコ(理科で使う首の細いガラスの入れ物)

    Pour the water into the flask slowly.

    水をゆっくりフラスコに注ぎなさい。

    💡 水筒の意味もある(a flask of tea)。

  • crack動詞・名詞
    ヒビが入る、ヒビ

    The cup cracked when I dropped it.

    落としたらカップにヒビが入った。

    💡 break(割れる)より程度が軽く、「ヒビが入る」に近い。

  • film名詞
    うすい膜

    There was a thin film of oil on the water.

    水の上に油のうすい膜があった。

    💡 「映画」と同じつづり。もとは「うすい皮」の意味。

  • legend名詞
    伝説

    There is an old legend about this lake.

    この湖には古い伝説がある。

    💡 形容詞 legendary は「伝説的な、とても有名な」。

  • patent名詞
    特許

    She got a patent for her new machine.

    彼女は新しい機械の特許をとった。

    💡 get a patent(特許をとる)、apply for a patent(特許を出願する)。

  • protect動詞
    守る

    Sunglasses protect your eyes from the sun.

    サングラスは日光から目を守る。

    💡 protect A from B で「AをBから守る」。名詞は protection。

  • pattern名詞
    模様、柄

    I like the flower pattern on your shirt.

    あなたのシャツの花柄が好きだ。

    💡 「パターン(決まった型)」の意味でも使う。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 22件)。

  1. Rasmussen, S. C. (2024) Art and Inspiration: Edouard Benedictus and the Invention of Laminated Safety Glass, ChemPlusChem 90:e202400572doi.org
  2. Rasmussen, S. C. (2024) 講演要旨 Art and inspiration(米国化学会 化学史部会・2024年秋季大会)acshist.scs.illinois.edu
  3. Bénédictus, E. フランス特許 FR405881(1909年出願)patents.google.com
  4. Bénédictus, E. 英国特許 GB191001790 "Improvements in and relating to Glass"(1910)patents.google.com
  5. What is Safety Glass?(マギル大学 Office for Science and Society)mcgill.ca
  6. McDonald, L. (2025) The evolution and importance of car windshields in automotive design(米国セラミックス学会誌)bulletin.ceramics.org

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