
1814年ロンドンのビール洪水で亡くなった8人は、全員が女性と子どもだった
ビール洪水のおけの鉄の輪は、裂ける約1時間前に外れていた
この判定の対象「1814年のロンドンでは、ビールの洪水で人が亡くなった」
もくじ
1814年10月17日、月曜日の夕方。ロンドンのセント・ジャイルズ地区で、大きな音が響きました。ヘンリー・ミュー社の醸造所(ビールを造る工場)で、ビールの入った巨大なおけが裂けたのです。
あふれたビールは近くの通りに流れこみ、家を押しつぶしました。町がビールの洪水のようになった事故です。
けれど、当時の年鑑に残る検死審問の記録を読むと、笑い話ではないことが分かります。亡くなったのは8人。3歳の子どもから65歳の女性まで、全員が女性と子どもでした。
この記事では、まず当時の3つの記録をもとに、その夕方に何が起きたかをたどります。次に、検死審問で証言された「約1時間前に外れた鉄の輪」の話を紹介します。最後に、記録どうしで数字や年齢が食い違う点と、約100年後の本で話がどう変わったかを比べます。
01高さ6.7mのおけが裂け、ビールが通りと地下室にあふれた
この記事で読んだ当時の記録は3つです。1814年の月刊誌『ジェントルマンズ・マガジン』と、2つの年鑑です。年鑑とは、1年間の出来事を記録して、毎年出す本のことです。
記録によると、裂けたおけは高さ22フィート(約6.7m)でした。上から4インチ(約10cm)のところまで、ビールが入っていました。中身は、造ってから10か月たった「エンタイア」と呼ばれるビールでした。この醸造所は、ポーターという種類のビールを大量に造っていました。
量は、『ジェントルマンズ・マガジン』では3,555バレル(樽の数え方の単位)でした。おけが裂けると、ニュー通りやジョージ通りなどが、一瞬でビールにのみこまれました。醸造所の隣の家2軒は、完全に壊れました。そこに住んでいたのは貧しい人たちで、みな家にいました。
このあたりは土地が低くて平らで、ビールが流れていく坂がありませんでした。そのためビールは、近くの家の地下室に流れこみました。その地下室には、どれも人が住んでいました。おぼれないように、家でいちばん背の高い家具の上に上った人もいたそうです。
被害を大きくしたのは、ビールだけではありません。醸造所の壁が崩れ、重い材木が倒れて、隣の家の屋根や壁を押しつぶしました。醸造所で働いていた3人は、集まった人たちが腰までビールにつかりながら、やっと助け出しました。
02亡くなった8人は、3歳の子から65歳の女性まで、全員が女性と子どもだった
事故の2日後の水曜日、検死審問が開かれました。場所は、セント・ジャイルズの救貧院(貧しい人を収容する施設)です。検死審問とは、事故などで亡くなった人について、死んだ理由を調べて決める場です。年鑑『ニュー・アニュアル・レジスター』には、亡くなった8人の名前と年齢が残っています。
- エレノア・クーパー、14歳。近くの酒場の使用人。
- メアリー・マルヴィー、30歳。
- トマス・マリー、3歳。メアリーの子ども。
- ハンナ・バンフィールド、4歳4か月。
- サラ・ベイツ、3歳5か月。
- アン・サヴィル、60歳。
- エリザベス・スミス、27歳。
- キャサリン・バトラー、65歳。
8人のうち7人が女性で、残る1人は3歳の男の子でした。
ある家の2階では、母と娘がお茶を飲んでいました。娘は流れにさらわれ、部屋の仕切りの壁ごと押し流されて亡くなりました。
酒場の使用人エレノアは、中庭で酒の器を洗っていました。がれきの下に埋まったエレノアが掘り出されたのは、夜の8時20分ごろでした。見つかったとき、エレノアは水がめのそばに立ったままの姿だったそうです。
生き残った人もいました。7歳くらいの女の子は、外で遊びたいと母に頼み、ちょうど台所を出たところでした。その瞬間におけが裂け、女の子は祖母と母、きょうだいを亡くしました。

03検死審問の証言では、鉄の輪が1本、約1時間前に外れていた
証言したのは、醸造所の倉庫係ジョージ・クリック(George Crick)です。その日の午後、裂けたおけをしめていた大きな鉄の輪が、1本外れて落ちたというのです。
クリックは、心配しませんでした。こうしたことは何度も見てきたが、大きな事故になったことはなかったからです。それから約1時間後の5時半ごろ、クリックはおけから3ヤード(約2.7m)以内の足場に立っていました。そのとき、何の前ぶれもなく、おけが裂けました。
クリックの証言によると、おけには22本の鉄の輪がはめてありました。外れた輪は約7ハンドレッドウェイト(約350kg)で、その中でいちばん軽い輪でした。大きな輪7本は、それぞれ1トン近くありました。
おけが裂けた勢いで、ほかの樽もいくつも壊れました。下の階にあった別のおけの栓も抜け、2,400バレルのうち約1,600バレルが流れ出ました。醸造所が失ったビールは、全部で8,000〜9,000バレルにのぼりました。
クリックは、輪をとめる留め金(リベット)がずれたのだろうと考えました。輪は1本も折れておらず、おけの土台も沈んでいなかったからです。陪審(市民から選ばれて判断する人たち)は迷わず、「偶然の、不運な事故による死」という評決を出しました。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
3つの記録を比べると、数字や年齢が少しずつ違う
同じ事故でも、記録によって書かれていることが違います。比べてみましょう。
まず、ビールの量です。『ジェントルマンズ・マガジン』と検死審問の証言は3,555バレルです。ところが2つの年鑑の記事は、3,500バレルと切りのよい数字にしています。
次に、時刻です。雑誌と年鑑の記事は「6時ごろ」と書きます。一方、検死審問では、クリックも酒場の主人も「5時半ごろ」と証言しました。
亡くなった人の年齢も違います。『アニュアル・レジスター』の記事にある、がれきから見つかった人の一覧では、アン・サヴィルは「35歳くらい」、エレノアは「15〜16歳」でした。検死審問では、アンは60歳、エレノアは14歳です。この一覧には「名前の分からない3人」や「行方不明の2人」もいました。
お茶を飲んでいた母親の最期も、記録で分かれます。『ジェントルマンズ・マガジン』は「窓から外へ押し流された」と書き、2つの年鑑は「その場で亡くなった」と書いています。
事故の直後の記事は、まだ分からないことを含んだまま書かれます。検死審問は、証人に話を聞き、亡くなった人1人1人を確かめる場です。ですから、名前と年齢については、検死審問の一覧のほうが確かだと考えられます。
「原因は分からない」と書き添えた編者
『ニュー・アニュアル・レジスター』の編者は、検死審問の記録の最後に、かっこ書きで自分の意見を加えています。検死審問で何が言われたにせよ、事故の原因は説明されていない。液体が横に押す力だけで、これほどの壊れ方は起こらない、というのです。
クリックは「リベットがずれた」と考え、編者は「説明されていない」と考えました。どちらが正しいかを決める証拠は、今回読んだ記録の中にはありません。記録を読むときは、証人の言葉、記者の文、編者の意見を分けて読むことが大切です。
ミュー社は、1年に造るビールの約8〜9%を1回の事故で失った
『アニュアル・レジスター』には、ロンドンの大きな醸造所12社が、1813年7月から1814年7月までに造ったポーターの量も載っています。ヘンリー・ミュー社は100,776バレルで、12社の中で5番目でした。
この事故で失われた8,000〜9,000バレルは、その1年分の約8〜9%にあたります。『ジェントルマンズ・マガジン』は、ミュー社の損害を約1万5,000ポンドと見積もり、被害にあった家族のために募金が集められたと伝えています。
約100年後の本には、1814年の記録にない「酔って死んだ」が出てくる
1911年に出た『ヴィクトリア州史』のミドルセックスの巻も、この事故に触れています。イギリスの州ごとの歴史をまとめた本で、今はロンドン大学の歴史研究所がネットで公開しています。
この本は、醸造所の名前を「ホースシュー醸造所」とし、場所をトテナム・コート通りとオックスフォード通りが交わる所としています。おけの高さ22フィート、中身3,555バレルという数は、1814年の記録と同じです。ロンドン博物館の解説によると、この醸造所は事故のあとも続き、1922年に取り壊されました。
ところが、亡くなった8人の死に方の書き方が違います。1911年の本は、8人が「おぼれたこと、けが、ポーターから出た気体による中毒、または酔ったこと」で亡くなったと書いています。1814年の3つの記録が書くのは、流れにさらわれた人、がれきに埋まった人、窒息した人です。ビールを飲んで酔ったという話は出てきません。
原因の書き方も違います。1911年の本は、いくつかの輪がゆるんで傷んでいたせいで、おけが裂けたと書きます。1814年の検死審問では、クリックが「リベットがずれたのだろう」と推測し、年鑑の編者は「原因は説明されていない」と書いていました。1814年には推測や疑問だったことが、1911年の本では言い切りの形になっています。
1911年の本は、会社が議会に願い出て、失ったビールにかかっていた税金を払いもどしてもらった、とも書いています。この話は、今回読んだ1814年の3つの記録には出てきません。後の本に書かれていることは、それがいつの、どの記録にもとづくのかを確かめてから使う必要があります。
04まとめ
1814年10月17日、ロンドンのヘンリー・ミュー社の醸造所で、高さ約6.7mのビールのおけが裂けました。あふれたビールと崩れた壁が、隣の家と地下室をのみこみました。
検死審問の記録に残る8人は、3歳の男の子と、3歳から65歳までの女性たちでした。そして、その日の午後には、おけをしめる鉄の輪が1本、すでに外れていました。
人に話すなら、こう言おう
1814年のロンドンで、醸造所のビールのおけが裂けて、町がビールの洪水になったんだって。亡くなった8人は全員が女性と子どもで、おけの鉄の輪は1時間くらい前に外れてたらしいよ。
英語で読む
The Day Beer Flooded a London Street
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
On the evening of October 17, 1814, people in London heard a loud crash.1814年10月17日の夕方、ロンドンの人々は大きな音を聞きました。 A huge vat of beer had broken open at the Meux brewery.ミュー社の醸造所で、ビールの巨大なおけが裂けたのです。 A vat is a very large container for liquids.おけ(vat)とは、液体を入れるとても大きな入れ物のことです。
The vat was about 6.7 meters tall.そのおけは、高さ約6.7メートルありました。 It was full almost to the top.中は、ほとんど上までいっぱいでした。 It held 3,555 barrels of beer.3,555バレルのビールが入っていました。 The beer rushed into the streets and knocked down two houses.ビールは通りに流れこみ、家を2軒倒しました。 It also ran into cellars where poor families lived.貧しい家族が住む地下室にも流れこみました。
Eight people died.8人が亡くなりました。 All of them were women and children.その全員が、女性と子どもでした。 The youngest was three years old, and the oldest was 65.いちばん年下は3歳、いちばん年上は65歳でした。 A girl of about seven survived because she had just left the kitchen to play outside.7歳くらいの女の子は、外で遊ぶために台所を出たところだったので助かりました。 But she lost her grandmother, her mother and a brother.でも、祖母と母、それにきょうだいを亡くしました。
At the inquest, a worker named George Crick spoke.検死審問で、ジョージ・クリックという働き手が証言しました。 An inquest is a meeting to find out how someone died.検死審問とは、人がどのように亡くなったのかを調べる場のことです。 He said a heavy iron ring around the vat had fallen off that afternoon.その日の午後、おけをしめている重い鉄の輪が外れて落ちた、と彼は言いました。 He was not worried, because this had happened before.前にもあったことなので、彼は心配しませんでした。 About an hour later, the vat burst.約1時間後、おけが裂けました。
The brewery lost between 8,000 and 9,000 barrels of beer in all.醸造所は、全部で8,000〜9,000バレルのビールを失いました。 The jury decided that the deaths were an accident.陪審は、8人の死は事故によるものだと決めました。 Old reports do not agree on every number.昔の記録は、すべての数字で一致しているわけではありません。 Some say 3,500 barrels, and others say 3,555.3,500バレルと書く記録もあれば、3,555バレルと書く記録もあります。 They also give different times, from half past five to six o'clock.時刻も、5時半から6時までと、記録によって違います。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:A A deadly accident when a beer vat broke in 1814
第1段落でおけが裂けたこと、第3段落で8人が亡くなったこと、第4段落で検死審問の証言を述べているので正解はA。Dのように人々がビールを飲んだという話は本文にない。
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Q2How many people died?
何人が亡くなりましたか。
正解:C eight
第3段落1文目に Eight people died とあるので正解はC。3と65は亡くなった人のいちばん年下と年上の年齢、7は生き残った女の子の年齢なので違う。
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Q3Why was George Crick not worried when the iron ring fell off?
鉄の輪が外れたとき、ジョージ・クリックはなぜ心配しなかったのですか。
正解:B Because this had happened before.
第4段落4文目に because this had happened before とあるので正解はB。Aは第2段落の「ほとんど上までいっぱい」と逆。Cは第4段落で a heavy iron ring とあるので違う。
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Q4In paragraph 4, the word "burst" is closest in meaning to
第4段落の burst という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D broke open suddenly
第1段落で同じ出来事を had broken open と言っており、burst は「急に裂ける、破裂する」という意味なので正解はD。
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Q5Which is true about the story?
この話について正しいのはどれですか。
正解:C The girl who survived had gone to play.
第3段落4文目に、女の子は外で遊ぶために台所を出たところだったとあるので正解はC。Aは第5段落の「時刻は5時半から6時まで違う」と逆。Dは、クリックは検死審問で証言しているので違う。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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brewery名詞醸造所、ビール工場
My uncle works at a small brewery near the river.
おじは川の近くの小さな醸造所で働いている。
💡 brew(醸造する、いれる)+ -ery(場所)。brew tea で「お茶をいれる」。
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vat名詞大おけ、大きなタンク
The workers mixed the juice in a big vat.
作業員たちは大きなタンクでジュースを混ぜた。
💡 酒や染め物などに使う大型の入れ物。
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barrel名詞たる、バレル(量の単位)
The ship carried barrels of water.
その船は水のたるを積んでいた。
💡 石油の量の単位としても使われる。
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cellar名詞地下室、地下の貯蔵室
We keep old boxes in the cellar.
私たちは古い箱を地下室に置いている。
💡 wine cellar で「ワインの貯蔵庫」。basement も「地下」。
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inquest名詞検死審問、死因の調査
An inquest was held after the accident.
その事故のあと、検死審問が開かれた。
💡 in(中へ)+ quest(求める)。question と同じ仲間の語。
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survive動詞生き残る、助かる
Only one tree survived the storm.
嵐のあと、1本の木だけが残った。
💡 名詞は survival、生き残った人は survivor。
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iron名詞鉄
This old gate is made of iron.
この古い門は鉄でできている。
💡 発音は「アイアン」。r はほとんど読まない。動詞で「アイロンをかける」。
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accident名詞事故、偶然
He was hurt in a car accident.
彼は自動車事故でけがをした。
💡 by accident で「偶然に」。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 29件)。
- The Gentleman's Magazine, October 1814, Vol.84「Domestic Occurrences」(Internet Archive)archive.org
- The Annual Register ... for the Year 1814, Vol.56「Chronicle」pp.93-94(Internet Archive)archive.org
- The New Annual Register ... for the Year 1814「Principal Occurrences」pp.(152)-(154)(Internet Archive)archive.org
- Page, W. (ed.) (1911) Industries: Brewing, A History of the County of Middlesex Vol.2(ヴィクトリア州史。British History Online、ロンドン大学歴史研究所)british-history.ac.uk
- A pint-sized guide to London's historic breweries(ロンドン博物館)londonmuseum.org.uk
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