
影絵の「シルエット」はフランスの大臣の名前だが、その名がついた理由は説が分かれる
シルエットの名前の由来は、辞書ごとに説明が違う。
この判定の対象「影絵のシルエットという名前は、けちな大臣にちなんでついた」
もくじ
1759年3月、フランスで、ある人が財務総監になりました。名前は、エティエンヌ・ド・シルエット(Étienne de Silhouette)です。財務総監は、国のお金をまとめて預かる大臣です。
フランスはそのころ、七年戦争という戦争のために、お金にとても困っていました。シルエットは、お金を節約する政策を進めようとしました。でも、身分の高い人たちに反対されて、同じ年の11月には職を追われてしまいます。1年もたたずに終わった大臣でした。
ところが、この人の名前は、200年以上たった今も、英語でも日本語でも使われています。影絵や輪郭を表す「シルエット」です。
では、なぜ大臣の名前が、影絵の名前になったのでしょうか。調べてみると、辞書や事典によって説明がばらばらでした。この記事では、まずシルエットという大臣について紹介します。次に、名前が影絵に結びついた理由について、辞書や事典がどう書いているかを並べます。最後に、それぞれの説の出どころをたどります。
01シルエットは、1759年にフランスの国のお金を預かった大臣の名前
まず、この人の経歴を見ます。『ブリタニカ国際大百科事典』によると、シルエットは1709年に、フランスのリモージュという町で生まれました。財務総監だったのは、1759年3月から11月までです。地租(土地にかける税)をふくむ節約の政策を考えましたが、身分の高い人たちの反対で失脚しました。
イギリスの『オックスフォード英語辞典』の最初の版(NED)は、シルエットを「フランスの著述家で政治家」と紹介しています。フランスの『リトレ辞典』も、本を訳した人で、お金の専門家だったと書いています。
アメリカン・ヘリテージ英語辞典も、silhouette はこの財務大臣の名前にちなむ、と書いています。ここまでは、どの辞書も同じです。
02「シルエット風」は、「安上がりで中途半端」という意味になった
パリの暮らしを記録した、ある本があります。フランスの作家メルシエ(Mercier)が、1781〜88年に出した『タブロー・ド・パリ(パリの風景)』です。メルシエは1740年にパリで生まれた人で、1759年にはまだ10代でした。
『リトレ辞典』は、この本の一節を引いています。シルエットは、いくつも失敗をした。それからは何もかもが「à la silhouette(シルエット風)」に見え、彼の名前は笑いものになった。流行も、わざとそっけなく、けちくさくなった。かぎたばこ入れは塗っていない木で作られ、肖像画は、ろうそくの影を写した黒い紙の横顔になった。
『リトレ辞典』は、「à la silhouette」の意味を「中途半端なやり方で」と説明しています。アメリカのスミソニアン・アメリカ美術館も、安い品物は「à la Silhouette」と呼ばれた、と書いています。

03名前が影絵に残った理由は、辞書によって違う
ここから説明が分かれます。まず NED は、3つの説を並べています。
- メルシエの本による「ふつうの説明」:シルエットの、こまごました倹約をばかにした名前。
- フランスの別の辞書(ハッツフェルトとダルメストテールの辞書)の説明:シルエットの在任が短かったことを指す。
- 『リトレ辞典』が引く話:シルエット自身が輪郭の肖像を作り、城の壁を飾っていた。
日本の辞書や事典も、それぞれ違うことを書いています。『デジタル大辞泉』は「極端な倹約策を行った大臣の名から」としています。『日本大百科全書』は、シルエットが切り絵の横顔を好み、自分でも趣味で作ったことによる、と書いています。
『世界大百科事典』は、けちな伯爵(シルエットのこと)が1色だけの肖像画しか飾らなかったという説を紹介しつつ、「確かではない」と書いています。『ブリタニカ国際大百科事典』は、さらに別の説も挙げます。政策への反対を示すために着た、ひだのない簡素な服の呼び名から来たという説。節約のために、高い肖像画の代わりに安い影絵をすすめたからという説です。
04「趣味で影絵」の話について、リトレ辞典が引く記録は110年後の官報
シルエット本人が趣味で影絵を作っていた、という話は、どこから来たのでしょうか。
『リトレ辞典』を見ると、この話は1869年8月29日の『官報(Journal officiel)』の記事から引かれています。官報は、国が出す公式のお知らせの紙です。記事によると、ブリ=シュル=マルヌという所にある城は、1759年にシルエットが建てたものです。シルエットの大きな楽しみは、顔の影のまわりに線を引いて、壁に横顔を写すことでした。城のいくつもの部屋の壁がこうした絵でおおわれ、作者の名前からシルエットと呼ばれるようになった、という内容です。
1869年は、シルエットが大臣だった1759年から110年後です。この話がのった、これより古い記録は、今回調べた辞書や事典には出てきませんでした。一方、「倹約をばかにした」という説の出どころであるメルシエの本は、1781〜88年に出ています。メルシエはパリ生まれで、1759年にはまだ10代でした。どちらの記録が当時のことをよく伝えているかを考えるとき、書かれた年の違いは手がかりの一つになります。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
語源の説を比べるときは、「いつ書かれた記録か」を見る
いくつかの記録を比べるとき、手がかりの一つは、その記録が出来事からどれくらいあとに書かれたかです。古い記録が正しいとは限りません。でも、時間がたってから書かれた記録は、書いた人が出来事を自分で見ていない可能性が高くなります。
シルエットの場合、「倹約をばかにした」説の出どころは、1781〜88年のメルシエの本です。1759年から22〜29年後で、書いたのは1740年にパリで生まれた人です。一方、「趣味で影絵」説について、リトレ辞典が引いているのは1869年の官報の記事です。1759年から110年もたっています。
ただし、NED は「趣味」説を「リトレが引く記述」として紹介しているだけで、正しいとも間違いとも書いていません。日本の『日本大百科全書』は、この「趣味」説を語源として書いています。同じ話でも、事典によって「説の一つ」にもなれば、「事実」としても書かれるのです。
「シルエット風」は、もともと悪口だった
メルシエの本によると、シルエットの名前は笑いものになりました。『リトレ辞典』は、「à la silhouette(シルエット風)」を「中途半端なやり方で」と説明しています。スミソニアン・アメリカ美術館も、学者たちは、シルエットの極端な経費削減が名前と肖像を結びつけたと考えている、と書いています。
ところが、その悪口の言葉は、のちに「おしゃれな響きの言葉」として使われました。同じ美術館によると、それまで英語では shades(影)、profiles(横顔)、shadow pictures(影の絵)などと呼ばれていました。そこに、ヨーロッパの画家たちが、より洗練された響きの silhouette という言葉を、アメリカやイギリスに広めたのです。
名前そのものにも語源がある
Dictionary.com によると、シルエットという名字そのものは、バスク語の Zilhoeta から来ています。バスク語は、フランスとスペインにまたがるピレネー山脈の西のあたりに住むバスクの人々の言葉です。zilo などは「穴」、-eta は「場所」を表す語尾です。つまり、名字のもとは、「穴」と「場所」を組み合わせた、地名のような言葉だったことになります。今回調べたほかの辞書(NED、アメリカン・ヘリテージ英語辞典、リトレ辞典)は、名字そのものの語源にはふれていません。
写真が広まると、シルエットの肖像ははやらなくなった
『世界大百科事典』によると、シルエットの肖像は、18世紀なかばから19世紀なかばにヨーロッパ中ではやりました。小さく、安く、手軽な肖像画でした。でも1850年ごろに写真が広まると、大きな打撃を受けました。スミソニアン・アメリカ美術館も、19世紀なかばに写真が広まると、シルエットははやらなくなったと書いています。
影絵の意味から、「輪郭」の意味へ
英語の silhouette の意味は、NED によると、まず「影をなぞって中を黒く塗った肖像」でした。NED が引く一番古い例は1798年です。1847年には、ブロンテ(C. Brontë)の小説『ジェーン・エア』に、家の黒い輪郭として出てきます。
日本語では、辞書にのっている例の順番が英語と違います。『日本国語大辞典』によると、「影」の意味の例は1914年の高村光太郎の『道程』です。「輪郭を描いて中を黒く塗った絵」の意味の例は、それより後の1926年の梶井基次郎の『Kの昇天』です。今では「洋服のシルエット」のように、物の輪郭の意味でも使います。
05まとめ
影絵や輪郭を表す「シルエット」は、1759年にフランスの財務総監になったエティエンヌ・ド・シルエットの名前です。彼は1年もたたずに職を追われましたが、名前は今も英語でも日本語でも使われています。名前が影絵に残った理由は、「倹約をばかにした」「在任が短かった」「本人が趣味で影絵を作った」など、辞書や事典によって説明が違います。「倹約」説はメルシエの1780年代の本、「趣味」説はリトレ辞典が引く1869年の官報の記事にもとづいています。「洋服のシルエット」という言い方の中にも、250年以上前の大臣の名前が入っているのです。
人に話すなら、こう言おう
シルエットって、昔のフランスの大臣の名前なんだって。倹約しすぎて笑いものになったからって説と、本人が影絵を描くのが趣味だったからって説があって、どっちが本当かは決まってないらしいよ。
英語で読む
The Minister Who Became a Shadow
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
In March 1759, a man named Etienne de Silhouette got an important job in France.1759年3月、エティエンヌ・ド・シルエットという人が、フランスで重要な仕事につきました。 He was in charge of the country's money.彼は国のお金を担当する役目でした。 France needed money because of a long war, so he tried to cut spending.フランスは長い戦争のためにお金が必要だったので、彼は支出を減らそうとしました。 But powerful people did not like his plans, and he lost the job in November of the same year.でも、力のある人たちは彼の計画を嫌い、彼は同じ年の11月に職を失いました。
Today, we still use his name.今でも、私たちは彼の名前を使っています。 A silhouette is a dark shape of a person or thing against a light background.シルエットとは、明るい背景の前にある、人や物の暗い形のことです。 But why did a minister's name become a word for a shadow picture?でも、なぜ大臣の名前が影絵を表す言葉になったのでしょうか。
Dictionaries do not agree.辞書の説明は一致していません。 A French writer named Mercier said that people laughed at Silhouette's plans to save money.メルシエというフランスの作家は、人々がシルエットの節約の計画を笑ったと書きました。 Cheap things were called "a la Silhouette," and cheap portraits were just black shapes of faces.安い物は「シルエット風」と呼ばれ、安い肖像画は顔の黒い形だけのものでした。 Another dictionary says the word was about his very short time in the job.別の辞書は、この言葉は彼がその仕事についていた期間がとても短かったことを指すと言っています。
There is also a third story.3つ目の話もあります。 It says that Silhouette liked to draw shadows of faces on the walls of his castle.それは、シルエットが自分の城の壁に、顔の影を描くのが好きだったという話です。 However, one dictionary took this story from a French government paper from 1869, 110 years after he lost his job.しかし、ある辞書がこの話を引いているのは、彼が職を失ってから110年後の、1869年のフランスの官報です。 Mercier was born in Paris in 1740 and wrote his book in the 1780s.メルシエは1740年にパリで生まれ、1780年代に本を書きました。
Silhouette portraits were popular for about one hundred years.シルエットの肖像画は、およそ100年の間はやりました。 Then photography became common, and people stopped making them so often.その後、写真が広まり、人々はあまりそれを作らなくなりました。 But the word lived on, and now we even talk about the silhouette of a dress.でも言葉は生き残り、今ではドレスのシルエットという言い方までします。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:C How a minister's name became the word silhouette
第2段落で「なぜ大臣の名前が影絵の言葉になったのか」と問い、第3・4段落でいくつかの説明を紹介しているので、話の中心は言葉の由来です。戦争の話は第1段落の背景にすぎません。
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Q2When did Silhouette lose his job?
シルエットが職を失ったのはいつですか。
正解:B In November 1759
第1段落最後の文に、同じ年(1759年)の11月に職を失ったとあります。3月は仕事についた月、1869年は官報の年です。
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Q3What does the story say about the third story?
この話は、3つ目の話についてどう言っていますか。
正解:A A dictionary took it from a government paper from 1869.
第4段落3文目に、ある辞書は3つ目の話を1869年のフランスの官報から引いているとあります。1780年代に本を書いたのはメルシエで、その話は第3段落の「節約を笑った」話です。期間の短さは第3段落の別の辞書の説明です。
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Q4In paragraph 1, the words "cut spending" are closest in meaning to
第1段落の cut spending に最も意味が近いのはどれですか。
正解:D use less money
第1段落で、国はお金に困っていたので彼は cut spending しようとしたとあり、第3段落でも彼の計画は「お金を節約する計画」と言いかえられています。だから「使うお金を減らす」という意味です。
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Q5Which is true about the story?
この話について正しいものはどれですか。
正解:C Photography made silhouette portraits less popular.
第5段落2文目に、写真が広まって人々があまり作らなくなったとあります。辞書の説明は一致しておらず(第3段落)、シルエットは1年もたたずに職を失い(第1段落)、メルシエは1740年生まれです(第4段落)。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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minister名詞大臣
The minister spoke on TV last night.
その大臣は昨夜テレビで話した。
💡 prime minister で「首相」。
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in charge of熟語~を担当して、~の責任者で
Ms. Ito is in charge of our class.
伊藤先生が私たちのクラスの担当だ。
💡 be in charge of ~ の形でよく使う。
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spending名詞支出、お金を使うこと
We need to cut our spending this month.
今月は支出を減らす必要がある。
💡 動詞 spend(お金や時間を使う)から。
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background名詞背景
There are mountains in the background of the photo.
その写真の背景には山がある。
💡 「(人の)経歴」の意味もある。
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portrait名詞肖像画、肖像写真
A portrait of the king hangs on the wall.
王の肖像画が壁にかかっている。
💡 スマホの「ポートレートモード」も同じ語。
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agree動詞意見が一致する、賛成する
I agree with you.
あなたに賛成です。
💡 反対語は disagree。agree with +人。
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castle名詞城
We visited an old castle in Europe.
私たちはヨーロッパの古い城を訪れた。
💡 t は発音しない(キャスル)。
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photography名詞写真術、写真をとること
She studies photography at college.
彼女は大学で写真を学んでいる。
💡 photograph(写真1枚)、photographer(写真家)と区別する。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 25件)。
- Murray, J. A. H. ほか編 (1919) A New English Dictionary on Historical Principles, Vol. IX Part I「Silhouette」(OED 初版、archive.org)archive.org
- Littré, É. Dictionnaire de la langue française「silhouette」(littre.org)littre.org
- silhouette(The American Heritage Dictionary of the English Language)ahdictionary.com
- silhouette(Dictionary.com)dictionary.com
- Q and Art: Silhouettes(Smithsonian American Art Museum, 2012)americanart.si.edu
- シルエット(ブリタニカ国際大百科事典/日本大百科全書/世界大百科事典ほか、コトバンク)kotobank.jp
- メルシエ(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、コトバンク)kotobank.jp
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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No.033英語で「検疫」を表す quarantine は、「40日」という意味の言葉
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