
くすぐられたネズミが出す、人の耳に聞こえない声は「笑い声」なのか
くすぐられたネズミは、人に聞こえない声で鳴いた。
この判定の対象「くすぐられたネズミが出す声は、人の笑い声と同じものだ」
もくじ
ドイツのベルリンにあるフンボルト大学の研究室で、研究者がネズミのおなかを指でくすぐりました。ネズミは研究者の手と遊び、その手を追いかけました。くすぐられたあと、その場でぴょんと飛び上がることもよくありました。
このときネズミは、たくさんの声を出していました。けれども、その声はそばにいる人の耳には聞こえません。ネズミの声は、人に聞こえる高さをこえた「超音波」だったからです。
研究者たちは、この声を人の笑い声にたとえて「笑い声」と呼ぶことがあります。この記事では、まずネズミのくすぐり方と、くすぐられたネズミのようすを紹介します。次に、2016年に脳の中で見つかった「くすぐったさに反応する場所」を説明します。最後に、この声を本当に「笑い」と呼んでよいのかを考えます。
01ネズミのくすぐり方は、子ネズミどうしの「じゃれあい」をまねて作られた
ネズミをくすぐる方法を作ったのは、2人の研究者です。ヤーク・パンクセップ(Jaak Panksepp)とジェフリー・バーグドーフ(Jeffrey Burgdorf)が、2000年に発表しました。もとになったのは、子ネズミどうしの取っ組み合いの遊びです。
子ネズミの遊びには、2つの大事な動きがあります。1つは、相手の首の後ろに触れる動きです。もう1つは、相手をあおむけにして上から押さえる動きです。子ネズミたちは、押さえる役と押さえられる役を交代しながら遊びます。
人がくすぐるときは、この2つをまねします。首の後ろを指で素早く触ったあと、ネズミをあおむけにして、おなかを指で素早くくすぐります。人間の子どもをくすぐるときのような指の動きです。2017年に研究をまとめた論文によると、よくあるやり方は次のとおりです。15秒くすぐって15秒休むのを2分間くり返し、それを3〜5日続けます。
ただし、くすぐりは遊びの完全なまねではありません。ネズミのほうは、人の手を押さえこめないからです。
02くすぐられたネズミは、手を追いかけて「もっと」とせがんだ
ネズミは、くすぐりを自分から求めます。くすぐりの方法を説明した2018年の論文によると、くすぐりはごほうびにもなります。くすぐってもらえることをごほうびにすると、ネズミはそのための操作を覚えるのです。
くすぐりの合間に手を動かすと、ネズミはその手を追いかけます。若いネズミは、くすぐりの合間に箱の中を走り回ります。
なでるのとくすぐるのでは、ネズミの反応が違います。なでることをごほうびにしても、ネズミは操作を覚えました。けれども、なでる人の手より、くすぐる人の手のほうに速く近づきました。人に慣れていないネズミは、なでられると不安なときの声を出すことがあります。
1匹だけで飼われたネズミは、仲間と飼われたネズミより、くすぐったときによく鳴きました。パンクセップらは、よく鳴くネズミどうし、あまり鳴かないネズミどうしをかけ合わせました。すると4世代で、よく鳴く家系とあまり鳴かない家系を作り分けられました。よく鳴く家系のネズミは、ほかの家系のネズミより、遊ぶことも多かったのです。
032016年、脳の中で「くすぐったさ」に反応する場所が見つかった
2016年、ある研究が科学雑誌『サイエンス』に載りました。フンボルト大学の石山(Shimpei Ishiyama)とブレヒト(Michael Brecht)の研究です。
ネズミの声の数で調べると、いちばんくすぐったいのは、おなかと足の裏でした。くすぐられたあと、ネズミはよく、頼まれてもいないのにその場で飛び上がりました。ドイツ語で「フロイデンシュプルング(うれしさのジャンプ)」と呼ばれる動きです。大学の発表によると、いろいろなほ乳類が、うれしいときにこうした動きを見せます。
次に2人は、ネズミの脳を調べました。脳には、体の各部分の感覚を受け持つ「体性感覚野(たいせいかんかくや)」という部分があります。その中の、胴体を受け持つ場所に、くすぐりに強く反応する神経細胞がありました。逆に、くすぐると静かになる細胞も少しありました。
研究者が体に触れていない遊びの最中にも、この場所はくすぐりのときとよく似た反応をしました。また、ネズミを不安にさせると、くすぐったさが減りました。細胞の反応も、声も少なくなりました。
さらに2人は、次の実験もしました。くすぐらなくても、この場所の深い所にある細胞を弱い電気で刺激すると、ネズミは声を出しました。ブレヒトは、脳の中のくすぐったい場所を見つけたようだ、と話しています。

04ネズミの声を「笑い」と呼んでよいかは、まだ決まっていない
ネズミは、高さの違う何種類かの声を出します。約5万ヘルツ(50キロヘルツ)の声は、くすぐりのほかに、子ネズミの遊び、交尾、探索、えさを期待するときなどにも出ます。どれも、ネズミにとって好ましい場面です。
一方、約2万2000ヘルツ(22キロヘルツ)の声は、天敵に出会ったときや、けんかのときに出ます。こちらは不安を表す声だと考えられています。人に聞こえる高さの「キーッ」という鳴き声は、痛みや不快のしるしとされています。
くすぐりのときの50キロヘルツの声は、好ましい気持ちのしるしだと多くの研究者が考えています。けれども、それが人の「笑い」と同じものかは別の問題です。2000年のパンクセップらの論文の題名は「50キロヘルツのさえずり(笑い?)」です。「笑い」には疑問符がついています。論文は、こうした考え方の難しさも論じています。
2021年には、ネズミの声についての大きなまとめの論文が出ました。この論文も、50キロヘルツの声が人の笑いの進化上の仲間だという考えを、まだ「提案」として紹介しています。言い切ってはいないのです。
深掘り講義
ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。
人に聞こえない声は、コウモリ探知機で聞く
人の耳に聞こえる音の高さは、約2万ヘルツ(20キロヘルツ)までです。ネズミやマウスは、それより高い超音波の声を出し、聞き取ることもできます。
研究者は、ネズミの声を特別な機械で聞きます。2018年の論文は、くすぐりがうまくいっているかを確かめるだけなら、「コウモリ探知機(バットディテクター)」と呼ばれる機械を50キロヘルツに合わせればよいと書いています。声の種類まで調べる研究では、10〜120キロヘルツの音を録音できるマイクを使います。
くすぐりは、実験用のネズミの暮らしをよくする方法としても使われている
2017年、ネズミのくすぐりを使った研究がまとめて調べられました。見つかったのは32本の論文、56の実験です。くすぐりとほかの扱い方を比べた22の実験では、くすぐりで50キロヘルツの声と人に近づく行動が増え、不安の目安が減り、扱いやすくなりました。ストレスのときに出るホルモンが減った実験もありました。
よい結果が出やすいのは、若く、1匹で飼われていて、もともとくすぐりによく反応する性質のネズミでした。逆に、ある実験では、大人になってからくすぐられたネズミだけが、不安を表す22キロヘルツの声を多く出しました。このネズミたちは、注射のあとにくすぐられていました。ネズミの遊びは生後30〜40日ごろに一番さかんで、大人に近づくと減ることも分かっています。
まとめの論文は、研究のやり方にも注文をつけています。調べる人の思いこみで結果がずれないようにする工夫が、多くの論文で十分に報告されていなかったのです。くすぐりは、ネズミの人への怖がりを減らす方法として期待されています。ただし、くすぐり方や、どのネズミをくすぐるかで、結果が変わることには注意が必要です。
押さえるだけでは、くすぐりにならない
くすぐりの「あおむけにして押さえる」動きは、実験でネズミを押さえつける作業と似ています。けれども、ネズミはこの2つを違うものとして受け取っているようです。
2018年の論文によると、ネズミはくり返し押さえつけられると、目や鼻のまわりが赤くなる「赤い涙」を出すことがあります。急なストレスを受けたときのしるしです。また、くすぐらずにあおむけに押さえるだけだと、くすぐったときより人に寄ってこなくなりました。論文は、くすぐりの中で短く押さえてはすぐ放すことを、ネズミは遊びではない押さえつけとは違うものとして受け取っているらしい、と書いています。
ネズミは人と「かくれんぼ」をした。でも疑問も出ている
ブレヒトの研究室は2019年、ネズミと人が「かくれんぼ」をする研究を発表しました。えさのごほうびはなく、見つけたり見つかったりしたら、研究者がネズミと遊びました。ネズミは、隠れる役と探す役を交代することを覚え、遊びの場面ごとに決まった声を出しました。隠れているあいだは、あまり声を出しませんでした。
ところが、2021年のまとめの論文は、疑問も示しています。この実験では、見つけたり見つかったりするたびに、ネズミのおなかを短くくすぐっていました。だから、ネズミは人と同じ意味でかくれんぼを楽しんだのか、それとも「くすぐってもらうためのルール」を覚えただけなのか、という疑問です。
05まとめ
ネズミをくすぐると、人には聞こえない約5万ヘルツの声をたくさん出し、手を追いかけてきます。いちばんくすぐったいのは、おなかと足の裏です。2016年には、脳の中で胴体の感覚を受け持つ場所が、くすぐったさに反応することも分かりました。
ただし、その声を人の「笑い」と同じだと言い切ることはできません。同じ高さの声は、交尾やえさを期待するときにも出ます。2000年の論文の題名にも、「笑い?」と疑問符がついていました。
人に話すなら、こう言おう
ネズミをくすぐると、人の耳には聞こえない高い声でたくさん鳴いて、手を追いかけてくるんだって。いちばんくすぐったいのは、おなかと足の裏らしいよ。研究者はその声を「笑い声」にたとえてるんだって。
英語で読む
The Rats That Cannot Be Heard
英文をタップすると、その文の訳が出ます。
When scientists tickle young rats, the rats make many sounds.科学者が若いネズミをくすぐると、ネズミはたくさんの声を出します。 But people cannot hear them.でも、人にはその声が聞こえません。 The sounds are about 50 kilohertz, and human ears can only hear up to about 20 kilohertz.その声は約50キロヘルツで、人の耳に聞こえるのは約20キロヘルツまでだからです。 Scientists use special machines to listen to them.科学者は、特別な機械を使ってその声を聞きます。
In 2000, two scientists, Jaak Panksepp and Jeffrey Burgdorf, made a way to tickle rats.2000年、ヤーク・パンクセップとジェフリー・バーグドーフという2人の科学者が、ネズミをくすぐる方法を作りました。 They copied how young rats play together.彼らは、子ネズミどうしの遊び方をまねしました。 First, they touched the back of the rat's neck.まず、ネズミの首の後ろに触れます。 Then they turned the rat over and tickled its belly with quick fingers.それからネズミをあおむけにして、指を素早く動かしておなかをくすぐります。
The rats liked it.ネズミはそれを気に入りました。 They chased the hand and ran around the box.ネズミは手を追いかけ、箱の中を走り回りました。 They even learned tasks to get more tickling.もっとくすぐってもらうために、課題を覚えることさえしました。 Rats that lived alone made more sounds than rats that lived with friends.1匹で暮らすネズミは、仲間と暮らすネズミより多く声を出しました。
In 2016, scientists in Berlin found that the belly and the feet were the most ticklish places.2016年、ベルリンの科学者たちは、おなかと足の裏がいちばんくすぐったい場所だと見つけました。 After tickling, the rats often jumped for joy.くすぐられたあと、ネズミはよく、うれしそうに飛び上がりました。 The scientists also found a part of the brain that reacted to tickling.科学者たちは、くすぐりに反応する脳の部分も見つけました。 When they gave this part a small electric signal, the rats made the same sounds without any tickling.その部分に弱い電気の信号を送ると、ネズミはくすぐられていないのに同じ声を出しました。 When the rats were nervous, they made fewer sounds.ネズミが不安なときは、声が少なくなりました。
Is this sound really laughter?この声は、本当に笑い声なのでしょうか。 Rats also make it during mating and when they wait for food.ネズミは、交尾のときや、えさを待っているときにもこの声を出します。 In the title of the 2000 paper, the word "laughter" has a question mark.2000年の論文の題名では、「笑い」という言葉に疑問符がついています。 So the answer is still not clear.だから、答えはまだはっきりしていないのです。
4択問題 Reading Quiz
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Q1What is this story mainly about?
この話は主に何についてのものですか。
正解:B What happens when people tickle rats
全体を通して、くすぐられたネズミの声・行動・脳の反応を説明しているので正解はB。Cの「1匹で暮らす」は第3段落に出てくるが、話の一部にすぎない。A・Dは本文にない。
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Q2Up to about how many kilohertz can human ears hear?
人の耳は、約何キロヘルツまで聞こえますか。
正解:C 20
第1段落3文目に human ears can only hear up to about 20 kilohertz とあるので正解はC。50はネズミの声の高さ、2000は論文の年。
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Q3What happened when the scientists gave the brain part a small electric signal?
科学者がその脳の部分に弱い電気の信号を送ると、何が起きましたか。
正解:D The rats made the same sounds without tickling.
第4段落4文目に the rats made the same sounds without any tickling とあるので正解はD。Bの nervous は、不安なときに声が減ったという別の文(第4段落5文目)に出てくる語。
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Q4In paragraph 3, the word "chased" is closest in meaning to
第3段落の chased という語に最も意味が近いのはどれですか。
正解:A ran after
第3段落でネズミは手を chased し、箱の中を走り回ったとあり、手のあとを走って追う意味なので正解はA。
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Q5Which is true about the story?
この話の内容と合っているのはどれですか。
正解:B Rats that lived alone made more sounds than rats living with friends.
第3段落最終文と合うので正解はB。Aは第5段落2文目(交尾やえさを待つときにも出す)と逆、Cは第1段落2文目と逆、Dは第5段落3文目(題名に疑問符)と合わない。
重要語 Key Words(タップで裏返る)
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tickle動詞くすぐる
My sister tickled my feet.
姉が私の足をくすぐった。
💡 形容詞は ticklish(くすぐったがりの)。
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belly名詞おなか
The puppy lay on its back and showed its belly.
子犬はあおむけになっておなかを見せた。
💡 stomach よりくだけた言い方。
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chase動詞追いかける
The dog chased the ball.
犬はボールを追いかけた。
💡 chase after 〜 とも言う。カーチェイス(car chase)の chase。
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task名詞課題、仕事
Finish this task before lunch.
この課題を昼食の前に終わらせなさい。
💡 work よりも「決まった1つの作業」を指す。
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nervous形容詞不安な、緊張した
I was nervous before the test.
テストの前、私は緊張していた。
💡 名詞 nerve(神経)から。get nervous で「緊張する」。
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signal名詞信号、合図
Wait for the signal to start.
始める合図を待ちなさい。
💡 traffic signal で「交通信号」。sign(しるし)と同じ仲間の語。
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laughter名詞笑い、笑い声
We heard laughter from the next room.
となりの部屋から笑い声が聞こえた。
💡 動詞 laugh(笑う)の名詞。gh は「フ」と読む。
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joy名詞喜び
She jumped for joy when she won.
彼女は勝ったとき、喜んで飛び上がった。
💡 jump for joy で「喜んで飛び上がる」。形容詞は joyful。
SOURCES出典・ウラ取り
この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 38件)。
- Ishiyama, S., Brecht, M. (2016) Neural correlates of ticklishness in the rat somatosensory cortex, Science 354:757-760doi.org
- Why are we ticklish?(フンボルト大学ベルリン, 2016年。idw配信)idw-online.de
- Panksepp, J., Burgdorf, J. (2000) 50-kHz chirping (laughter?) in response to conditioned and unconditioned tickle-induced reward in rats, Behavioural Brain Research 115:25-38doi.org
- Cloutier, S. ほか (2018) Tickling, a Technique for Inducing Positive Affect When Handling Rats, Journal of Visualized Experimentsdoi.org
- LaFollette, M. R. ほか (2017) Rat tickling: A systematic review of applications, outcomes, and moderators, PLOS ONE 12:e0175320doi.org
- Brudzynski, S. M. (2021) Biological Functions of Rat Ultrasonic Vocalizations, Arousal Mechanisms, and Call Initiation, Brain Sciences 11:605doi.org
- Wöhr, M., Schwarting, R. K. W. (2013) Affective communication in rodents, Cell and Tissue Research 354:81-97doi.org
- Reinhold, A. S. ほか (2019) Behavioral and neural correlates of hide-and-seek in rats, Science 365:1180-1183doi.org
文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。
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