「死後も髪と爪はのびる」はウソだが、死後の毛の根もとには黒い帯ができる
都市伝説ファクトチェックNo.182

「死後も髪と爪はのびる」はウソだが、死後の毛の根もとには黒い帯ができる

死後に爪がのびて見えるのは、皮膚が縮むから。

ウソFALSE

この判定の対象「人は死んだあとも、しばらく髪と爪がのび続ける」

うなり度 読む時間8分 出典8件 確認した事実24件
もくじ
  1. 「死後も髪と爪がのびる」は、2007年に医学誌がウソと判定した
  2. 死後に爪がのびて見えるのは、まわりの皮膚が乾いて縮むから
  3. 毛をのばしているのは、皮膚の下の根もとで増え続ける生きた細胞
  4. 成長中だった毛の根もとには、死後に黒っぽい帯ができる
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

第一次世界大戦のさなか、戦場の近くにあるドイツ軍の救護所(けがをした兵士を手当てする所)のベッドに、19歳の兵士が寝ています。名前はフランツ・ケメリッヒ。けがのために、片足を切断されています。

見舞いに来た仲間のパウルは、友人の手を見つめます。ろうそくのろうのような手です。爪の下には、塹壕(戦場に掘ったみぞ)の泥が青黒くつまっています。パウルは思います。友人が息をしなくなっても、この爪はのび続けるだろう。コルク抜きのようにねじれて、のびてのびていくだろう、と。

これは、1929年に出た小説『西部戦線異状なし』の一場面です。作者はドイツのエーリヒ・マリア・レマルク(Erich Maria Remarque)。「人は死んだあとも髪と爪がのびる」という話は、こんな有名な小説にも書かれていました。

結論から言うと、この話はウソです。この記事では、まず、なぜ死後に髪や爪がのびて見えるのかを説明します。次に、生きている体が毛をのばすしくみを紹介します。最後に、死んだあとに毛の根もとに現れる「黒っぽい帯」と、それが事件の捜査で使われてきた話をします。

01「死後も髪と爪がのびる」は、2007年に医学誌がウソと判定した

2007年、イギリスの医学誌『BMJ』に、アメリカの研究者2人が短い記事を書きました。医者や一般の人が信じている「医学の思い込み」を7つ選び、証拠を調べたものです。その1つが「髪と爪は死後ものび続ける」でした。

記事は、この思い込みが広まった例として、2つをあげています。1つは、冒頭で紹介した『西部戦線異状なし』の場面です。もう1つは、アメリカの有名人ジョニー・カーソンの冗談です。死んでから3日間は髪と爪がのび続けるけれど、かかってくる電話はだんだん減っていく、という内容でした。

記事は、法医人類学者(骨や遺体を調べて、亡くなった人が誰なのかなどを明らかにする専門家)のウィリアム・メイプルズの言葉も紹介しています。メイプルズは、死後も髪と爪がのびるという話を「強烈で、不気味なイメージだ。だが、まったくのでたらめだ」と言い切りました。

02死後に爪がのびて見えるのは、まわりの皮膚が乾いて縮むから

では、なぜ「のびた」と感じる人がいるのでしょうか。『BMJ』の記事は、メイプルズや皮膚の専門家の説明を紹介しています。

人が死ぬと、体から水分が抜けて、少しずつ乾いていきます。すると、爪や毛のまわりの皮膚が縮んで、引っこむことがあります。爪や毛そのものの長さは変わりません。でも、まわりの皮膚が下がるので、前より長く、目立って見えるのです。『BMJ』の記事は、爪や毛が長く見えるのは目の錯覚だと説明しています。

生きている人の爪が、どのくらいの速さでのびるかも見てみましょう。2010年に発表された研究では、健康なアメリカの若い大人22人が、自分の爪に印をつけて測りました。手の爪は、1か月に平均3.47mmのびていました。カーソンの冗談に出てくる「3日」で考えてみます。1か月を30日として計算すると、手の爪が3日でのびるのは約0.35mmです。1か月でのびる長さの、約10分の1しかありません。

爪の長さは同じでも、まわりの皮膚が乾いて縮むと、爪が長く見える。
爪の長さは同じでも、まわりの皮膚が乾いて縮むと、爪が長く見える。

03毛をのばしているのは、皮膚の下の根もとで増え続ける生きた細胞

『BMJ』の記事によると、髪の毛のうち、皮膚の外に出ている部分は「死んだ部分」です。毛の生きている部分は、皮膚の下にあります。

毛をのばしているのは、皮膚の下にある毛の根もとです。2022年に、毛についての研究をまとめた論文によると、毛がのびる時期には、根もとのふくらみの細胞がどんどん増えます。増えた細胞が、毛に変わっていきます。つまり、毛がのびるとは、根もとで新しい細胞が作られ続けることです。

『BMJ』の記事は、毛や爪が本当にのびるには、ホルモンによる複雑な調節が必要だと書いています。そして、その調節は死後には続きません。だから、死んだあとに毛や爪が新しくのびることはないのです。

04成長中だった毛の根もとには、死後に黒っぽい帯ができる

死んだあと、毛はのびません。でも、毛に何も起きないわけではありません。事件の捜査で毛を調べる専門家のあいだでは、死後の毛に起きる変化が1つ、広く知られていました。死後しばらくたつと、毛の根もとに、黒っぽい帯のような部分が現れることがあるのです。英語では「死後の根もとの帯」と呼ばれます。

ただし、この帯がどんな条件で、どのくらいの速さでできるのかは、よく分かっていませんでした。2013年に、その条件を調べた研究が発表されました。

調べた場所は、テネシー大学の法医人類学センターです。遺体は、いろいろな場所に置かれました。水の中、エアコンの効いた部屋、閉めきった車の中、地面の上、土の中です。研究者たちは毎日、遺体から毛を集めて顕微鏡で見ました。

その結果、水の中やエアコンの部屋に置いたときや、寒い天気のときは、帯ができはじめるのがおそくなりました。暖かい天気のときや車の中では、早くなりました。研究者たちは、遺体がくさっていく変化によって、毛の根もとに黒い帯ができることを確かめました。

2014年の別の論文によると、帯ができるのは、死んだときに成長中だった毛だけのようです。成長中の毛の根もとはやわらかく、壊れやすいからだと考えられています。成長を止めて休んでいる毛の根もとは、固くなっています。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

死んだあとも、体の細胞は一度に全部止まるわけではない

死んだあとの体の中では、すべての働きが一度に止まるわけではないようです。

2017年、ある研究チームが、マウスとゼブラフィッシュ(研究によく使われる小さな魚)を調べました。死んだあと最長96時間まで、体の中の遺伝子の働きを追いかけたのです。調べたのは、遺伝子が働くときに作られる「設計図の写し」の量です。

すると、1063個の遺伝子で、死んだあとに写しの量が増えたように見えました。多くは死後30分以内に増えました。中には、24時間後や48時間後になってから増えたものもありました。研究チームは、生き物の死は、スイッチを切るように一瞬で起きるのではなく、段階を追って止まっていくと考えています。

ただし、遺伝子の写しが増えることと、毛や爪がのびることは別です。毛がのびるには、根もとの細胞が増え続けることと、ホルモンによる調節が必要です。そのホルモンの調節は、死後には続きません。

毛の根もとの帯から、死んだ日は分からないが、毛が死後に抜けたかどうかは分かる

2014年の論文は、毛の帯について、2013年の研究の結論をこうまとめています。帯のでき方は、気温や置かれた場所で大きく変わります。そのため、帯を見ても「死んでから何日たったか」は決められません。

それでも、帯には使い道があります。毛が抜けたときに、その人がもう死んでいたかどうかが分かるのです。論文は、ある殺人事件の捜査の例を紹介しています。この帯を手がかりに、くさりかけた遺体と容疑者のつながりが、はっきり示されました。それが、容疑者が殺人を自白することにつながったといいます。

一方で、この帯は裁判で注目されたこともあります。2016年の論文によると、アメリカの2つの刑事裁判で、この帯が科学的にどこまで確かなのかが大きく注目されました。この論文の研究者たちは、帯のでき方をよく知るために、帯のある毛を薄く切り、強力な顕微鏡で調べました。

毛の主な材料は、ケラチンというたんぱく質です。調べた結果、研究者たちは、帯が次のようにしてできるのではないかと考えました。成長中の毛の根もとには、まだ固まりきっていない部分があります。その部分で、ケラチンの細い束のすきまを埋めている、壊れやすい物質が分解されるらしいのです。一方で、毛のいちばん外側の層は、壊れていませんでした。

何千年も前の毛にも、同じ帯が残っている

2014年の論文によると、この帯は、今の時代の毛だけでなく、数百年から数千年前の毛にも見つかっています。暑くてしめった熱帯でも、一年中こおった土の中でもできます。分解がさらに進むと、毛は帯の所で折れます。そして、根もとの端がとがった形や、はけのような形になります。論文の図には、根もとがはけのような形になったマンモスの毛ものっています。

同じ論文は、遺跡から出た人や動物の毛が、よく赤っぽく見えることも取り上げています。理由としては、日光で色のつぶが壊れることや、何千年もかけて色のもとが変化することなどが考えられています。論文は「昔の人には赤毛が多かった」という俗説にもふれています。そして、遺体の近くで赤い毛が見つかったら、もとからの色か、あとで変わった色かを調べるべきだと書いています。死んだあとの毛は、のびはしませんが、色や形は変わっていくのです。

小説の一場面が、医学の「うわさ」になるまで

『西部戦線異状なし』の爪の場面は、主人公が友人の死を前にして、おそろしい想像をする場面です。科学の説明ではありません。それでも、この場面は、「死後も爪がのびる」という話の例として、医学誌にまで引用されました。

ところが、その医学誌の紹介も、「埋葬のあと」と、小説とは少し違う形になっていました。話が人から人へ伝わるうちに、細かい所が変わっていく例の一つと言えます。うわさを確かめるときは、元の文章までさかのぼって読むことが大切です。

05まとめ

「人は死んだあとも髪と爪がのびる」はウソです。毛や爪が本当にのびるには、ホルモンによる調節が必要です。そのホルモンの調節は、死後には続きません。のびて見えるのは、体が乾いて、毛や爪のまわりの皮膚が縮むからです。

一方で、死んだときに成長中だった毛の根もとには、遺体がくさっていく途中で黒っぽい帯ができます。この帯は、数千年前の毛にも残っています。生きている人の手の爪でも、3日でのびるのは約0.35mmです。今日、自分の爪に小さな印をつけて、1か月後に測ってみてください。

人に話すなら、こう言おう

死んだあとも髪と爪がのびるって話、ウソなんだって。皮膚が乾いて縮むから長く見えるだけ。でも毛の根もとには黒い帯ができて、事件の捜査で手がかりになることもあるらしいよ。
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英語で読む

Do Nails Keep Growing After Death?

CEFR A2233 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In 1929, a famous war novel, "All Quiet on the Western Front," came out in Germany.1929年、『西部戦線異状なし』という有名な戦争小説がドイツで出版されました。 In one scene, a young soldier looks at the hands of his dying friend.ある場面で、若い兵士が、死にかけている友人の手を見つめます。 He imagines that the nails will keep growing after his friend dies, and twist like corkscrews.彼は、友人が死んだあとも爪がのび続け、コルク抜きのようにねじれていくと想像します。

In 2007, two researchers called this idea a myth in a medical journal, the BMJ.2007年、2人の研究者が、『BMJ』という医学雑誌で、この考えを根拠のない思い込みだとしました。 Hair and nails need control by hormones to grow, and this control stops after death.髪と爪がのびるにはホルモンによる調節が必要で、その調節は死後には止まります。

So why do nails seem longer?では、なぜ爪が長くなったように見えるのでしょうか。 After death, the body slowly loses water and dries.死んだあと、体は少しずつ水分を失って乾いていきます。 The skin around the nails and hair can shrink and pull back.爪や毛のまわりの皮膚が縮んで、引っこむことがあります。 The nails stay the same length, but they look longer.爪の長さは変わりませんが、長く見えるのです。 In one study of living people, fingernails grew about 3.47 millimeters in a month.生きている人を調べたある研究では、手の爪は1か月に約3.47ミリのびました。

Hair does not grow after death, but it can still change.死後に毛はのびませんが、変化しないわけではありません。 In a study in the United States, bodies were left in water, in cars, and in soil.アメリカのある研究で、遺体が水の中、車の中、土の中に置かれました。 Scientists collected hair from them every day.科学者たちは、毎日そこから毛を集めました。 They saw a dark band near the root.すると、毛の根もとの近くに黒っぽい帯が見られました。 The band came sooner in warm weather and later in cold weather.帯は、暖かい天気では早く、寒い天気ではおそく現れました。

This band forms in hair that was still growing when the person died.この帯は、その人が死んだときにまだ成長中だった毛にできます。 It cannot tell us the time of death.帯から、死んだ時刻を知ることはできません。 But it can show that a hair came out after the person died.でも、その毛が、その人が死んだあとに抜けたものだと示すことはできます。 So it can help in crime investigations.そのため、事件の捜査に役立つことがあります。 It is even found in hair thousands of years old.この帯は、何千年も前の毛からも見つかっています。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2In the study, how much did fingernails grow in a month?

    研究では、手の爪は1か月にどのくらいのびましたか。

  3. Q3Why do nails look longer after death?

    死後に爪が長く見えるのはなぜですか。

  4. Q4In paragraph 4, the word "band" is closest in meaning to ...

    第4段落の band という語にいちばん近い意味はどれですか。

  5. Q5Which is true about the dark band?

    黒っぽい帯について、正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • novel名詞
    小説

    She read a long novel during the summer.

    彼女は夏のあいだに長い小説を読んだ。

    💡 形容詞の novel は「目新しい」。名詞の「小説」と区別しよう。

  • corkscrew名詞
    コルク抜き(らせん形の道具)

    He opened the bottle with a corkscrew.

    彼はコルク抜きでびんを開けた。

    💡 cork(コルク)+ screw(ねじ)。らせん形のものを表すのにも使う。

  • journal名詞
    (専門の)雑誌、学術誌

    The study was published in a science journal.

    その研究は科学の専門誌にのった。

    💡 「日記」の意味もある。journalist(記者)と同じ仲間の語。

  • myth名詞
    根拠のない思い込み、神話

    It is a myth that goldfish forget everything in three seconds.

    金魚が3秒で何でも忘れるというのは思い込みだ。

    💡 ギリシャ神話は Greek myths。「よく信じられているがウソの話」の意味でよく使う。

  • hormone名詞
    ホルモン

    Hormones help control how the body grows.

    ホルモンは体の成長の調節を助ける。

    💡 発音は「ホーモウン」。日本語の「ホルモン焼き」とは別の話。

  • shrink動詞
    縮む

    My sweater shrank in the hot water.

    セーターがお湯で縮んだ。

    💡 活用は shrink – shrank – shrunk。

  • root名詞
    根、根もと

    The roots of the tree go deep into the ground.

    その木の根は地面の深くまでのびている。

    💡 毛の根もとは the root of a hair。「原因」の意味でも使う(the root of the problem)。

  • investigation名詞
    調査、捜査

    The police started an investigation into the fire.

    警察はその火事の捜査を始めた。

    💡 動詞は investigate(調べる)。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 24件)。

  1. Vreeman, R. C. & Carroll, A. E. (2007) Medical myths, BMJdoi.org
  2. Remarque, E. M. (1929) All Quiet on the Western Front(英訳 A. W. Wheen、Project Gutenberg)gutenberg.org
  3. Koch, S. L., Michaud, A. L. & Mikell, C. E. (2013) Taphonomy of hair: a study of postmortem root banding, Journal of Forensic Sciencesdoi.org
  4. Tridico, S. R. et al. (2014) Interpreting biological degradative processes acting on mammalian hair in the living and the dead, Proceedings of the Royal Society Bdoi.org
  5. Hietpas, J. et al. (2016) Microscopical characterization of known postmortem root bands, Forensic Science Internationaldoi.org
  6. Pozhitkov, A. E. et al. (2017) Tracing the dynamics of gene transcripts after organismal death, Open Biologydoi.org
  7. Yaemsiri, S. et al. (2010) Growth rate of human fingernails and toenails in healthy American young adults, Journal of the European Academy of Dermatology and Venereologydoi.org
  8. Lin, X., Zhu, L. & He, J. (2022) Morphogenesis, growth cycle and molecular regulation of hair follicles, Frontiers in Cell and Developmental Biologydoi.org

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