
1980年代初頭、大阪・心斎橋のネオンきらめく夜の街。とある伝説的なショーパブ「ベティのマヨネーズ」の客席に、一人の男が座っていました。彼の名は、サザンオールスターズの桑田佳祐さん。ステージ上で繰り広げられる、性別の境界線を軽やかに飛び越えた演者たちの、圧倒的に美しく、そしてパワフルなパフォーマンス。桑田さんは、その光景に魂を揺さぶられるほどの衝撃を受けます。
当時、彼女たちのように、生まれ持った性とは違う性で生きる人々を的確に、そして敬意を込めて呼ぶ言葉は、まだ日本にありませんでした。「男でもない、女でもない…じゃあ、何なんだ?」。そう考えた桑田さんの脳裏に、閃きが走ります。「そうだ、彼女たちは古いカテゴリーには収まらない。全く新しい、半分新しい人類なんだ…『ニューハーフ』だ!」。
この、一人の天才ミュージシャンの感性から生まれた「ニューハーフ」という言葉は、ラジオなどを通じて瞬く間に世に広まり、やがて一つの文化を定義する言葉として社会に定着していきました。
このように、たった一人の人物の「一言」が、世の中の景色を変えてしまうことがあるのです。そして、このような劇的な誕生秘話を持つ言葉は、決して「ニューハーフ」だけではありません。
例えば、勝利の瞬間に誰もがする「ガッツポーズ」。なぜ、そう呼ばれるようになったのかご存知ですか?白髪を「ロマンチックグレー」と呼んだ、その美しい感性の出どころは?今回は、その誕生秘話を知れば誰かに話さずにはいられない、選りすぐりの「メイド・イン・ジャパン英語」を20個、ご紹介します。
✅ あなたの常識を塗り替える、珠玉の和製英語リスト
この記事で解き明かす、天才的な和製英語の誕生秘話の一部をご紹介します。
- ガッツポーズ:ある伝説のボクサーの勝利の雄叫びが、国民的ジェスチャーの名称になった。
- マイブーム:今や誰もが使うこの言葉も、ある一人のクリエイター(みうらじゅん氏)の発明品。
- ロマンチックグレー:白髪を「素敵なもの」に変えた、化粧品会社の美しいネーミング戦略。
- スキンシップ:「肌」と「血縁」を組み合わせた、日本人のコミュニケーション観が生んだ深遠な言葉。
- オープンカー:一見すると完璧な英語。しかし、ネイティブには全く違う車を想像させてしまう。
- シャッターチャンス:決定的瞬間を捉えるこの言葉も、日本人の感性が生んだ詩的な表現。
これらは全て、海外では通じない日本独自の言葉です。その背景にある物語にご期待ください。
人物・企業が生んだ「物語のある言葉」たち
特定の誰かの「一言」や、企業の「戦略」が、今や当たり前に使われる言葉になった例は少なくありません。そこには、時代を動かした人々の熱量が込められています。
① ガッツポーズ
1974年、ボクサーのガッツ石松氏が勝利した際、喜びを爆発させた姿を新聞記者が「ガッツポーズ」と表現したのが起源。一人の男の魂の叫びが、国民的ジェスチャーの名称となりました。
英語では:fist pump
② マイブーム
「自分だけの流行」を意味するこの言葉は、評論家のみうらじゅん氏の造語です。個人的なこだわりを肯定的に表現する絶妙なニュアンスが受け、一気に広まりました。
英語では:I’m really into ~ right now. / my current obsession
③ ロマンチックグレー
白髪を指す、非常に美しい表現。1980年代に資生堂が、白髪染めではないグレイヘアを活かす整髪料のキャンペーンで用いた言葉です。ネガティブな印象だった白髪を、大人の魅力として捉え直しました。
英語では:gray hair / silver hair
④ バイキング
食べ放題のこと。1958年に帝国ホテルが始めたレストラン「インペリアルバイキング」が由来。映画『ヴァイキング』の豪快な食事シーンに着想を得たネーミングでした。
英語では:buffet / all-you-can-eat
⑤ ゴールデンウィーク
1951年、映画会社の大映が、春の連休中の興行を盛り上げるために作った宣伝文句。ラジオの「ゴールデンタイム」から着想を得た、見事なキャッチコピーでした。
英語では:Golden Week (近年、日本文化として認知されつつある) / a string of holidays in late April and early May
⑥ コスプレ
“costume play” を略したこの言葉は、1983年にアニメ雑誌の編集者が作ったとされています。今や “cosplay” として世界中に輸出された、日本が誇るカルチャー用語です。
英語では:cosplay (日本語がそのまま定着)
日本人の感性が光る!奇妙でユニークな造語たち
意味を知れば「なるほど!」と膝を打つ、日本人ならではの感覚から生まれた言葉もたくさんあります。これぞ、和製英語の真骨頂です。
- スキンシップ:身体的な触れ合いによる交流。英語の “skin”(肌)と “kinship”(血縁関係)を組み合わせた、非常に日本的な造語です。
英語では:physical affection / physical contact - ペーパードライバー:免許は持つが運転しない人。都市部の交通事情やライフスタイルを的確に表した、海外にはない絶妙な表現です。
英語では:someone who has a license but never drives - イメージダウン:評判が下がること。 “image” と “down” を組み合わせた分かりやすい造語ですが、英語にはない表現です。
英語では:tarnish one’s image / damage one’s reputation - シャッターチャンス:写真を撮る絶好の機会。英語の “shutter” と “chance” を組み合わせたもので、詩的な響きを持つ日本独自の言葉です。
英語では:photo opportunity / the perfect shot - アットホーム:「アットホームな職場」のように、家庭的で居心地の良い様子を指す形容詞的な用法は日本独自です。
英語では:cozy / friendly / family-like atmosphere - マネーゲーム:投機的な金融取引を指す言葉。どこかゲームのような危うさを感じさせる、日本的なニュアンスを含んだ言葉です。
英語では:speculation / financial speculation - Uターン現象:都会へ出た人が故郷に戻ること。鳥の習性になぞらえた、非常に文学的な表現です。
英語では:returning to one’s hometown to work - フリーサイズ:誰でも着られるサイズのこと。アパレル業界で生まれた、便利な言葉です。
英語では:one size fits all / one size fits most
意外すぎる!モノや乗り物の和製英語
まさかこれも?と思うような、モノの名前にも和製英語は潜んでいます。
- オープンカー:屋根が開く車。英語の “open” と “car” を組み合わせた、非常に分かりやすい造語です。
英語では:convertible / cabriolet / roadster - サイドブレーキ:駐車時に使うブレーキのこと。運転席の横(サイド)にあることから名付けられました。
英語では:parking brake / handbrake / emergency brake - オーダーメイド:顧客の注文に合わせて作ること。一見英語のようですが、日本で作られた言葉です。
英語では:custom-made / tailor-made / bespoke - ソフトクリーム:1951年に日世が “soft serve ice cream” を日本で販売する際に「ソフトクリーム」と命名。その語感が受け、定着しました。
英語では:soft serve / soft serve ice cream - マジックインキ:油性マーカーの代名詞。寺西化学工業の登録商標「マジックインキ」が、製品ジャンルそのものを指す言葉として広まりました。
英語では:permanent marker
<まとめ>言葉は文化の創造物。和製英語は日本の宝だ
今回ご紹介した20の言葉は、単なる「間違い英語」ではありません。そこには、外国の文化を柔軟に受け入れ、自分たちの感覚で新しい価値を創造してきた、日本人のユニークな知恵と遊び心が凝縮されています。
桑田佳祐氏の閃きが、ガッツ石松氏の魂が、みうらじゅん氏の慧眼が、そして名もなきビジネスマンたちの知恵が、私たちの言葉を豊かにしてきたのです。和製英語のルーツを探る旅は、私たちが生きるこの国の面白さを再発見する、最高に知的な冒険と言えるでしょう。