二学期に残っている単語と、消えている単語
はらだコラム 第1回
夏休みに300語覚えたはずの生徒が、9月には半分を落としている。一方で、たった一度しか出会っていないのに、卒業まで残る語がある。20年ぶん教室で見てきた「残る語・消える語」の境目について。
監修:原田高志(原田英語.com)
毎年この時期になると、私は少しだけ憂鬱になります。
八月の補習で、生徒たちは本当によく単語を覚えます。単語帳を三周した、と目を輝かせて報告してくれる子もいる。ところが九月、最初の小テストを配ると、三百語のうち百五十語くらいが、きれいに消えている。
毎年です。二十年、毎年これを見てきました。
消えるのは「二番目に覚えた語」
面白いのは、消えかたに規則があることです。
完全にランダムに半分が消えるわけではありません。残るのは、たいていその子が最初に覚えた数十語と、なぜか印象に残った数語。消えるのは、その真ん中にある、「二周目、三周目にまとめて覚えた語」です。
単語帳を三周した子ほど、この帯が厚くなります。三周目には、もうページの位置で答えられるようになっている。left という語を見ているのではなく、「左ページの上から四番目」を見ている。だから単語帳を閉じた瞬間、手がかりが全部なくなるのです。
生徒は嘘をついているわけでも、サボったわけでもありません。むしろ真面目な子ほど、この落とし穴にきれいにはまります。
一度しか会っていないのに、残る語がある
逆のことも、毎年起きます。
何年か前、授業で jaywalk(信号を無視して道を渡る)という語をたまたま扱ったことがありました。jay というのは昔の俗語で「田舎者」を指した、つまり「都会の道路のわたり方を知らない田舎者みたいに渡る」から来ている、という話をしただけです。教科書にも単語帳にも載っていない、完全な脱線でした。
三年後、卒業前の生徒がこう言ったのです。「先生、この前アメリカ行ったとき、友達が道を斜めに渡って、思わず jaywalk って言っちゃいました」
一度しか会っていない語が、三年残った。
何が違ったのか。単語帳の三百語には、意味しかありませんでした。jaywalk には、由来があり、絵があり、少しおかしみがあり、そして「先生が脱線して話した」という場面がついていた。
人間の記憶は、意味を覚えるようにはできていません。場面を覚えるようにできています。
「覚える」は、動詞としては少し嘘くさい
そもそも「単語を覚える」という言い方に、私は少し引っかかっています。
覚える、というと、頭のどこかに単語を格納するイメージになる。倉庫に箱を積むように、三百個。だから「三周した」=「三回積んだ」と数えたくなるのです。
でも実際に起きているのはそういうことではなくて、その語に何回、違う角度から出会ったか、だと思うのです。
読んで出会う。聞いて出会う。使おうとして出てこなくて悔しい思いをする。ニュースの見出しで見かけて「あ」と思う。別々の場所で四回出会った語は、単語帳で四十回見た語より、はるかに強く残ります。
英語で覚えることを learn と言うのは、そう考えるとよくできています。learn の語源は「たどる、道をつける」。頭に積むのではなく、道をつける。一度通っただけの道は消えますが、違う季節に、違う方角から、四回通った道は残ります。
だから、毎日ちがう角度から
このサイトを毎日更新しようと決めたのは、そういう理由からです。
同じ語が、ニュースの見出しにも、入試の四択にも、多読の英文にも、コラムの脱線話にも出てくる。角度を変えて、何度も同じ語の前を通ってもらう。一日にたくさん覚えてもらうためではなく、一年かけて何度も出会ってもらうためです。
三百語を一週間で覚える方法は、正直、私は知りません。でも、一年で三百語を消えなくする方法なら知っています。毎日、少しずつ、違う入り口から入ること。それだけです。
九月の小テストで半分落とした生徒に、私はいつもこう言います。「消えたんじゃない。まだ一回しか通っていない道なだけだよ」と。
今日の英語のひとかけら
You don't forget a word. You just haven't met it enough times.
単語は忘れるのではない。まだ十分な回数、出会っていないだけだ。
meet a word(語に出会う)という言い方は、英語圏の語彙指導でよく使われます。learn ではなく meet。==覚える対象ではなく、出会う相手として扱う==——この一語の選び方に、考え方がまるごと表れています。
今年もまた、九月の小テストで半分が消えるでしょう。それでいいのだと思っています。
消えたぶんは、また別の角度から前を通ってもらえばいい。明日の「1日2分ニュース英語」で、明後日の四択で、来月のやさしい英文で。三年後に、旅先でふと口から出てくればそれでいい。
私の仕事は、単語を頭に積むことではなくて、道を何本か、通しておくことなのだと思います。
—— 原田高志
よくある質問
単語帳は使わないほうがよいということですか?
いいえ、単語帳は入り口としては非常に優秀です。問題は「単語帳だけ」で終わることにあります。おすすめは、単語帳で会った語に、その日のうちにもう一度、別の場所で会うこと。ニュース英語でも、多読の英文でも、四択問題でもかまいません。入り口が単語帳、二度目が別の場所——この2点セットにするだけで、残り方が変わります。
「三周した」のに消えてしまう子には、何と言えばよいですか?
「周回数を数えるのをやめて、出会った場所を数えよう」と言ってあげてください。同じページで三回会うのは一か所です。単語帳・英文・音声・自分で書いた文——四か所で会った語だけが残ります。周回数は努力の量を測りますが、定着を測るのは場所の数のほうです。