
英語を学ぶ多くの人が一度は目にする、アメリカ英語とイギリス英語のスペルの違い。「color」と「colour」、「center」と「centre」など、なぜ同じ言語でありながら二つの綴りが存在するのでしょうか。
単なる「方言」や「訛り」として片付けられがちなこの問題ですが、その根源をたどると、若き国家アメリカの独立心と、一人の辞書編纂者の情熱的な物語が隠されています。今回は、英語という言語が持つ歴史の奥深さと、スペルの違いが生まれた必然性を紐解いていきます。
✅ この記事で分かること
- 米英のスペルが異なる歴史的背景
- 改革の中心人物、ノア・ウェブスターの思想と目的
- 代表的なスペルの違いとそのパターン
- 言語と国家アイデンティティの深い関係
言語的独立を目指した男、ノア・ウェブスター
アメリカ英語とイギリス英語のスペルの違いを語る上で欠かせないのが、18世紀末から19世紀にかけて活躍したアメリカの辞書編纂者、ノア・ウェブスター(Noah Webster)です。
独立戦争を経てイギリスからの政治的独立を果たしたばかりのアメリカ合衆国において、ウェブスターは強い危機感と愛国心を抱いていました。彼は、真の独立のためには、政治だけでなく文化的・言語的な独立が不可欠だと考えたのです。
当時のアメリカでは、教育現場で使われる教科書のほとんどがイギリス製でした。ウェブスターはこれを問題視し、アメリカの子どもたちのための教科書として、綴り字教本『The American Spelling Book』(通称:ブルーバックド・スペラー)を出版。これは爆発的なベストセラーとなり、アメリカの教育に絶大な影響を与えました。
そして1828年、彼の言語改革の集大成として、『An American Dictionary of the English Language(アメリカ英語辞典)』が刊行されます。この辞書こそが、現代に続く米英のスペル差を決定づけた歴史的な一冊となったのです。
ウェブスターが目指した「合理的でアメリカ的な英語」
ウェブスターが辞書編纂にあたって掲げた改革の柱は、主に以下の二点でした。
1. 簡略化: フランス語由来の複雑な綴りを簡素にし、発音しない文字を削除する。(例: honour → honor, catalogue → catalog)
2. 表音化: より発音に忠実なスペルに変更する。(例: centre → center, theatre → theater)
彼の目的は、単に英語を分かりやすくすることだけではありませんでした。イギリス英語に残る古い慣習や貴族的な響きを排除し、「民主的で、合理的で、誰もが学びやすいアメリカ独自の英語」を確立すること。それこそが、国家のプライドをかけた彼の挑戦だったのです。
【パターン別】アメリカ英語とイギリス英語の主なスペル違い
ウェブスターの改革によって、具体的にどのようなスペルの違いが定着したのでしょうか。代表的なパターンを以下の表にまとめます。
パターン | 🇺🇸 アメリカ英語 (米) | 🇬🇧 イギリス英語 (英) | 主な単語例 |
---|---|---|---|
-or vs -our | -or | -our | color / colour, honor / honour, favorite / favourite |
-er vs -re | -er | -re | center / centre, theater / theatre, meter / metre |
-ize vs -ise | -ize | -ise | organize / organise, realize / realise, analyze / analyse |
-ense vs -ence | -ense | -ence | license / licence, defense / defence |
-og vs -ogue | -og | -ogue | catalog / catalogue, dialog / dialogue |
l vs ll | l (traveled) | ll (travelled) | traveled / travelled, canceled / cancelled |
その他 | check, program, gray | cheque, programme, grey | check / cheque, program / programme, gray / grey |
この表からも、アメリカ英語がよりシンプルで発音に沿った形を目指している傾向が見て取れます。一方で、イギリス英語はフランス語などから受け継いだ歴史的な綴りを保持していると言えるでしょう。
<まとめ>言語は文化と歴史を映す鏡
アメリカ英語とイギリス英語のスペルの違いは、単なる誤りや揺れではなく、言語がその国の文化や歴史と分かちがたく結びついていることの力強い証拠です。
ノア・ウェブスターによる言語改革は、アメリカが独自の国民的アイデンティティを形成していく過程で、極めて重要な役割を果たしました。彼の試みは、言葉の力で国家の礎を築こうとする壮大な挑戦だったのです。
現代を生きる私たちは、グローバルなコミュニケーションの中で両方の英語に触れる機会が増えています。どちらか一方が「正しい」と判断するのではなく、それぞれの背景にある歴史的文脈を理解すること。それこそが、言語への理解を深める鍵となります。
この背景を知ることで、これまで無味乾燥に見えていたかもしれないスペルの違いが、国家のプライドをかけた、生き生きとした歴史の物語として見えてくるのではないでしょうか。
【参考サイト】
- イギリス英語とアメリカ英語の『スペルの違い』7つのパターンまとめ! – ブリティッシュ英語発音矯正教室: [https://www.british-pronounce.com/7-spelling-differences-between-uk-us/]
- アメリカ英語とイギリス英語でスペル(綴り)が違う単語まとめ – 日刊英語ライフ: [https://kiwi-english.net/55716]
- アメリカ英語とイギリス英語のスペル(綴り)の違いまとめ – Weblio英会話: [https://eikaiwa.weblio.jp/column/knowledge/american-and-british-spelling]
- Noah Webster’s Spelling Reform – Merriam-Webster: [https://www.merriam-webster.com/about-us/spelling-reform]
- なぜアメリカ英語とイギリス英語ではスペリングが違うの?|人見御供 – note: [https://note.com/hitomi__goku/n/n6f87d6dfcc09]
- #468. アメリカ語を作ろうとした Webster – Keio University: [https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2010-08-08-1.html]
- ノア・ウェブスター – Wikipedia: [https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC]