富士山の八合目から上が神社に渡るまで、最高裁の判決から約30年かかった
定番雑学の"その先"No.213

富士山の八合目から上が神社に渡るまで、最高裁の判決から約30年かかった

県境が決まらず、富士山頂を神社に渡せなかった。

うなり度 読む時間9分 出典6件 確認した事実49件
もくじ
  1. 江戸時代の幕府は、八合目から上を浅間大社が治めることを認めていた
  2. 明治に国が取り上げた山の上の土地は、戦後の法律で神社に返せることになった
  3. 国は山頂の神社のまわりだけを渡して、残りは手元に残そうとした
  4. 1974年、最高裁は「八合目から上は、神社の信仰に必要な土地だ」と判断した
  5. 判決のあと、山頂の県境が決まらないために、土地を渡す手続きが進まなかった
  6. 深掘り講義
  7. まとめ
  8. 英語で読む(A2・4択5問)
  9. 出典・ウラ取り

1980年11月26日、国会の委員会で、大蔵省(今の財務省)の担当者がこう説明しました。最高裁の判決のとおり、富士山の上のほうの国の土地を、神社に渡すべきだと考えている。でも、まだ渡せていない。

なぜでしょう。山のてっぺんのあたりで、山梨県と静岡県の境目(県境)が決まっていなかったからです。県境が決まらないと、渡す土地の広さや位置を決められません。すると、土地の持ち主を国の帳簿に書く「登記」ができません。だから手続きが遅れている、というのです。

「富士山の八合目(登山道の、頂上に近いあたり)から上は、神社の土地」という話は、よく知られています。でも、そうなるまでには、神社が国に申し出てから56年もかかりました。最高裁の判決(1974年)から、実際に土地が渡される(2004年)まででも、約30年かかっています。

この記事では、まず江戸時代から明治時代までに、山の上の土地がどうなってきたかを見ます。次に、国と神社が裁判で争ったわけを、国会の記録と判決の文でたどります。最後に、判決のあと土地をなかなか渡せなかったわけを確かめます。

01江戸時代の幕府は、八合目から上を浅間大社が治めることを認めていた

その神社は、静岡県富士宮市にある浅間大社(せんげんたいしゃ)です。正式な名前は、富士山本宮浅間大社といいます。全国に約1300ある浅間神社の、いちばん中心の神社とされています。この神社は、富士山そのものを、神様の体(御神体)としてまつっています。山がまるごと、おまいりする相手なのです。

静岡県の資料によると、この神社は1609年、山頂でささげられたおさい銭を、ほかより先に受け取れる権利を得ました。これをもとに、神社は山頂を管理するようになります。そして1779年、江戸幕府の裁きで、八合目から上を神社が治めることが認められました。

神社のホームページは、徳川家康が八合目から上を、神社の土地としてささげた、とも説明しています。

同じホームページによると、ふもとにある神社の土地(境内)は、約1万7000坪です。坪(つぼ)は、日本で昔から使われてきた広さの単位です。一方、八合目から上の神社の土地は、約120万坪あります。山の上の土地は、ふもとの土地の約70倍の広さです。

02明治に国が取り上げた山の上の土地は、戦後の法律で神社に返せることになった

明治時代の初め、政府は神社やお寺の土地を、次々に取り上げました。最高裁の判決の文によると、1871年の政府の命令で、神社やお寺の、境内以外の土地が国のものになりました。その後、境内として残せる広さも、だんだん狭められていきました。

富士山の八合目から上も、1877年ごろに国の土地になりました。そのあと、1899年と1932年の2回に分けて、この土地は神社の境内だと認められます(1932年の分は、皇室の山林に入れられていた部分です)。それでも、持ち主は国のままでした。戦後の1946年からは、国が神社にただで貸している土地、という扱いになりました。

1947年4月、新しい法律ができました。明治に国が取り上げて、神社やお寺にただで貸していた土地について決めた法律です。そのうち「宗教活動を行うのに必要なもの」は、申し出があれば、神社やお寺に渡せることになりました。申し出の期限は、法律が動き出してから1年以内でした。浅間大社は1948年に、八合目から上の土地を渡してほしいと申し出ました。

03国は山頂の神社のまわりだけを渡して、残りは手元に残そうとした

1962年に国が国会でした説明では、八合目から上の国の土地は、約122万坪ありました。国はこのうち、山頂にある奥宮(神社の山頂の建物)のまわりの約4万9000坪だけを、神社に渡しました。

1952年に国会に出された質問の文書によると、政府はこう決めていました。ほこらのある土地など、宗教にじかに必要な土地だけを神社に渡す。残りの山頂は、国のものにしておく。神社はこれに納得せず、全部を渡すよう求めました。

国会では、反対の声も上がりました。ある議員は1952年、富士山頂を1つの団体のものにするのは「国民感情上許すべからざる」ことだと書きました。国民の気持ちとして許せない、という意味です。同じ議員は1954年にも、宗教の団体にただで国の土地を渡すのは、憲法に反するのではないか、と質問しています。政府は、憲法には反しないと答えました。そのうえで、残りの土地をどうするかは、決めるのを先に延ばすとしました。

1957年2月、神社は、国の土地を管理する役所(東海財務局)のトップを相手に、名古屋の地方裁判所に訴えました。同じ年の4月、国は国会でこう説明しています。山頂には、天気を調べる建物(測候所)があり、登山道もある。どちらも国の仕事に使う土地だ。

1962年3月27日、その地方裁判所は神社の訴えを認め、国が負けました。国は、1つ上の名古屋の高等裁判所に訴え直します。1964年の国会で、国はこう説明しました。八合目から上のような広い場所が、宗教にどうしても必要だとは思えない。国民のシンボルとも言える土地が、神社のものになるのは好ましくない。

1967年、その高等裁判所の判決でも、国の言い分は通りませんでした。国はさらに、最高裁に訴えました。

041974年、最高裁は「八合目から上は、神社の信仰に必要な土地だ」と判断した

1974年4月9日、最高裁が判決を出しました。国の訴えを退ける(認めない)、という結論です。つまり、神社の勝ちが決まりました。5人の裁判官は、全員が同じ意見でした。

争われた土地は、約117万6000坪です。判決は、まず、この法律が何のためにあるのかを説明しました。この法律で土地を渡すのは、明治の初めに神社やお寺から取り上げた土地を、返すためのものだ、というのです。

次に判決は、神社の信仰の形に目を向けました。山そのものを神としてあがめる神社では、その山を守り、管理することが、儀式を行うための欠かせない前提になる。だから、そうした山(神体山)は「宗教活動を行うのに必要なもの」にあたる。判決はそう考えました。富士山のほかにも、国が神体山を神社に渡した例があったことも、判決は書いています。

国の「国民の気持ち」という言い分は、退けられました。判決によると、国が土地を手元に残せるのは、はっきりした、具体的な、みんなのための必要があるときだけです。国民の気持ちや、具体的な計画のない文化・観光のための必要は、それにあたらない、というのです。

富士山の八合目から上は、浅間大社が御神体としてまつる山の一部。最高裁はこの土地を「信仰に必要な土地」と判断した。
富士山の八合目から上は、浅間大社が御神体としてまつる山の一部。最高裁はこの土地を「信仰に必要な土地」と判断した。

05判決のあと、山頂の県境が決まらないために、土地を渡す手続きが進まなかった

判決で、神社に土地を渡すことが決まりました。ところが、渡すには大きな問題がありました。初めに紹介した、1980年の大蔵省の説明にある問題です。

山頂のあたりでは、山梨県と静岡県の県境が決まっていませんでした。土地を渡すには、まず国の土地として登記をします。それから、持ち主を神社に移す登記をします。でも県境が決まらないと、渡す土地の広さや位置が決まらず、登記ができません。大蔵省によると、国の役所は1976年に、このことを神社に伝えていました。

静岡県の資料によると、八合目から上の土地が神社に渡されたのは、2004年です。判決の1974年から数えると、30年後です。2004年にどのような手続きで渡されたのかは、今回調べた国や県の資料には書かれていませんでした。

県境の問題は、今も残っています。国の地図を作る役所の国土地理院が、2026年7月の時点でまとめた、市や町や村の広さの表があります。そこでは、山梨県富士吉田市と静岡県小山町の間で、境目の一部が決まっていないとされています。山梨県鳴沢村と静岡県富士宮市の間も、同じです。そのため、これらの市町村の広さは、*印をつけた「だいたいの数字」として載っています。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

宗教の団体に国の土地を渡しても、憲法違反にならない理由

日本国憲法の89条は、国などのお金や財産を、宗教の団体のために使うことを禁じています。宗教と政治を切り離す「政教分離」の考え方です。1954年の国会の質問も、この89条を理由に、浅間大社への譲与(ただで渡すこと)を問題にしました。

1974年の判決は、1958年の最高裁の判決を引いて、こう説明しています。この法律による譲与は、国が新しく何かを与えるものではない。明治の初めに取り上げた土地を、元の持ち主に「返す」ものだ。だから89条の考えに反しない。

判決は、逆の場合も考えています。もし国が土地の貸し出しをただやめるだけなら、神社や寺が長く認められてきた、ただで使い続ける権利を、理由なく奪うことになる。それは財産を守る憲法の考えにも、信仰の自由を守る憲法の考えにも反する、というのです。

ただし、何でも返してよいわけではありません。もうけのために使う土地など、宗教活動に直接関係のない土地まで渡すと、神社や寺に特別な得をさせることになります。それでは政教分離の考えに合いません。だから法律は、渡せる土地を「宗教活動を行うのに必要なもの」に限ったのだと、判決は説明しています。そして浅間大社については、八合目から上の土地を、もうけなど宗教以外の目的に使っている事情は見当たらない、としました。

「神体山」は、儀式の道具ではなく、信仰そのものの対象になる山

国は裁判で、こう主張しました。神体山のように、宗教の目的のために持っている必要のない土地は、「宗教活動を行うのに必要なもの」にあたらない。

最高裁は、この考えを取りませんでした。宗教に必要な土地は、ふつうは儀式のための「手段」として使う土地を指すとしても、それだけに限る理由はない。信仰の対象そのものが、管理できる土地である場合もある。その場合は、信仰の対象としての価値を守る管理が、すべての宗教活動の土台になることがある。判決はこう述べて、神体山も「必要な土地」に入るとしました。

国が手元に残せるのは「特に」必要な場合だけ

法律の細かい決まり(施行令)では、宗教活動に必要な土地でも、公益のために国が「特に」必要と認めるものは、国有のまま残せます。国はこの決まりを使い、富士山は国民全体のものだと主張しました。

判決は、この決まりを狭く読みました。理由は3つです。1つ目は、この譲与が、もともと元の持ち主に返すものだから。2つ目は、決まりの文が「特に」必要な場合と、わざわざ限っているから。3つ目は、国有のまま残すと、神社はただで使う権利を失うのに、その埋め合わせ(補償)の決まりがないからです。

土地を渡すには、県境が決まっていて「どこからどこまでか」が分かる必要がある

土地を人や団体に渡すときは、国の帳簿(登記簿)に、土地の場所や広さと持ち主を書きます。富士山の場合、国はまず自分の土地として登記し、それを神社に移す登記をする必要がありました。大蔵省の説明では、山頂のあたりの県境が決まらないために、渡す土地の広さや位置を確定できず、登記ができませんでした。最高裁の判決が出ても、県境の線が決まらないと、登記簿の持ち主を神社に書きかえられなかったのです。

06まとめ

富士山の八合目から上の大部分は、浅間大社の土地です。江戸時代に幕府が神社の支配を認め、明治時代に国が取り上げ、戦後の法律と1974年の最高裁判決で、神社に返すことが決まりました。

でも、判決が出ても、すぐには渡せませんでした。山頂のあたりで山梨県と静岡県の県境が決まっておらず、登記ができなかったからです。土地が渡されたのは、判決の30年後の2004年でした。国土地理院の面積の表では、今も富士山のまわりの市町村の境界の一部が「未定」のままです。富士山の地図を見たら、県境の線が山頂の近くでどうなっているか、確かめてみてください。

人に話すなら、こう言おう

富士山の八合目から上って、ほとんどが浅間大社っていう神社の土地なんだって。1974年に裁判で決まったのに、山頂の県境が決まってなくて、実際に渡されたのは2004年らしいよ。
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英語で読む

Who Owns the Top of Mount Fuji?

CEFR A2232 words4択 5問全訳つき
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英文をタップすると、その文の訳が出ます。

Most of the land near the top of Mount Fuji belongs to a shrine.富士山の頂上に近い土地の大部分は、ある神社のものです。 It is Fujisan Hongu Sengen Taisha in Shizuoka.それは、静岡県にある富士山本宮浅間大社です。 For this shrine, the mountain itself is the body of its god.この神社にとって、山そのものが神様の体なのです。

The eighth station is a point high on the climbing trails.八合目は、登山道の高いところにある地点です。 In 1779, the government of the time let the shrine control the land above it.1779年、当時の幕府は、八合目から上の土地を神社が治めることを認めました。 But in about 1877, the new government took the land.しかし1877年ごろ、新しい政府がその土地を取り上げました。 After World War II, a new law said that land like this could go back to shrines and temples.第二次世界大戦のあと、新しい法律で、このような土地は神社やお寺に返せることになりました。 The shrine asked for the land in 1948.神社は1948年に、その土地を求めました。

The government gave back only a small part around the shrine at the top.政府は、頂上の神社のまわりの小さな部分だけを返しました。 It wanted to keep the rest, because it said Mount Fuji was a symbol for all the people of Japan.政府は、富士山は日本の国民みんなのシンボルだとして、残りを手元に置いておきたいと考えました。 So the shrine went to court in 1957.そこで神社は、1957年に裁判を起こしました。 In 1974, the Supreme Court decided that the shrine needed the land for its religion.1974年、最高裁判所は、神社は信仰のためにその土地を必要としている、と判断しました。

But the shrine still did not get the land.それでも、神社は土地を受け取れませんでした。 Near the top, the border between Yamanashi and Shizuoka was not decided.頂上の近くでは、山梨県と静岡県の境目が決まっていなかったのです。 Without it, officials could not record the size and place of the land.境目がないと、役所の人たちは、土地の広さと場所を記録できませんでした。 The shrine finally got the land in 2004, 30 years after the court decision.神社がやっと土地を受け取ったのは2004年で、裁判の判決から30年後でした。

Even today, some parts of the border around the mountain are still not decided.今でも、山のまわりの境目には、まだ決まっていない部分があります。 Next time you see a map of Mount Fuji, look at the line near the top.今度富士山の地図を見るときは、頂上の近くの線を見てみてください。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2When did the shrine finally get the land?

    神社がやっと土地を受け取ったのはいつですか。

  3. Q3Why did the shrine not get the land soon after the court decision?

    判決のあと、なぜ神社はすぐに土地を受け取れなかったのですか。

  4. Q4In paragraph 4, the word "border" is closest in meaning to

    第4段落の border という語に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    話の内容について正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • shrine名詞
    神社、聖堂

    We visited a small shrine in the forest.

    私たちは森の中の小さな神社をたずねた。

    💡 日本の神社は shrine、お寺は temple と訳すことが多い。

  • belong動詞
    (~の)ものである、所属する

    This bag belongs to my sister.

    このかばんは姉のものだ。

    💡 belong to ~ の形で使う。belongings は「持ち物」。

  • station名詞
    (富士山の)合目、駅、署

    We took a short rest at the fifth station.

    私たちは五合目で少し休んだ。

    💡 「駅」のほかに、決まった場所や施設の意味がある。police station(警察署)。

  • court名詞
    裁判所、法廷

    The two companies went to court over the money.

    2つの会社は、そのお金をめぐって裁判を起こした。

    💡 go to court で「裁判を起こす」。tennis court(テニスコート)も同じ語。

  • religion名詞
    宗教、信仰

    People of many religions live in this city.

    この町には、いろいろな宗教の人が住んでいる。

    💡 形容詞は religious(宗教の、信心深い)。

  • border名詞
    境界、境目、国境

    The river is the border between the two towns.

    その川が2つの町の境目になっている。

    💡 国と国の境(国境)にも、県や町の境にも使う。

  • official名詞・形容詞
    役人、公務員/公式の

    An official checked our passports.

    役人が私たちのパスポートを調べた。

    💡 office(役所、事務所)から。形容詞では official records(公式の記録)のように使う。

  • decide動詞
    決める

    We decided to meet at the station.

    私たちは駅で会うことに決めた。

    💡 名詞は decision(決定、判決)。court decision は「裁判所の判決」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 49件)。

  1. 最高裁判所第三小法廷 昭和49年4月9日判決(昭和42(行ツ)86 国有境内地譲与申請不許可処分取消請求)(裁判所)courts.go.jp
  2. 社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律(昭和22年法律第53号)(e-Gov 法令検索)laws.e-gov.go.jp
  3. 衆議院交通安全対策特別委員会 1980年11月26日 大蔵省の答弁(国会会議録検索システム)kokkai.ndl.go.jp
  4. 衆議院大蔵委員会 1962年4月4日 大蔵省の答弁(国会会議録検索システム)kokkai.ndl.go.jp
  5. しずおか文化財ナビ「富士山(富士山本宮浅間大社)」(静岡県)pref.shizuoka.jp
  6. 令和8年全国都道府県市区町村別面積調(国土地理院)gsi.go.jp

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文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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