心臓のペースメーカーは、部品の取り違えから生まれた
失敗から生まれたNo.053

心臓のペースメーカーは、部品の取り違えから生まれた

最初に体に入れたのは、スウェーデンの機械だった。

うなり度 読む時間9分 出典6件 確認した事実27件
もくじ
  1. 値の違う部品をつけた回路が、心臓のようなリズムで電気を出し始めた
  2. 犬に入れた最初のペースメーカーは、体の水分がしみこんで4時間で止まった
  3. グレートバッチのペースメーカーは、1960年にアメリカで人の体に入った
  4. 体に最初に埋め込まれたペースメーカーは、1958年のスウェーデンの機械で、1日もたなかった
  5. 深掘り講義
  6. まとめ
  7. 英語で読む(A2・4択5問)
  8. 出典・ウラ取り

1956年、アメリカのニューヨーク州バッファロー。電気技術者のウィルソン・グレートバッチ(Wilson Greatbatch)は、心臓の音を記録するための回路を組み立てていました。近くにある、慢性の病気を研究する研究所を手伝う仕事です。

このときグレートバッチは、回路に「抵抗」を1つつけました。抵抗とは、電気の流れを抑える小さな部品です。ところが、つけた抵抗は、設計図とは違う値のものでした。

すると回路は、規則正しく電気を出したり止めたりし始めました。まるで心臓がドクンドクンと打つようなリズムでした。ここから、体の中に埋め込むペースメーカーが生まれました。ペースメーカーとは、心臓に電気の信号を送って、心臓を決まったリズムで動かす機械です。

ここまでは、よく知られた話です。でも、人の体の中に最初に埋め込まれたペースメーカーは、グレートバッチの機械ではありませんでした。

この記事では、まずグレートバッチの回路がどうしてペースメーカーになったのかを紹介します。次に、グレートバッチの機械が人の体に入るまでと、それより先にスウェーデンで行われた手術を説明します。最後に、抵抗の値で回路のリズムが決まる仕組みを説明します。

01値の違う部品をつけた回路が、心臓のようなリズムで電気を出し始めた

グレートバッチは、このリズムを出す回路が、ペースメーカーに使えると気づきました。バッファロー大学の紹介に、そう書かれています。

グレートバッチは、「心ブロック」という病気を知っていました。心臓の中で、心臓を動かすための電気の信号が、うまく伝わらなくなる病気です。信号が届かないと、心臓はゆっくりとしか打てなくなります。

のちにグレートバッチがとった特許には、こう書かれています。心臓の中でリズムを作る部分は、1分に約72回の電気の信号を出しています。この信号が届かなくなり、心臓が打つ回数が1分に40回より少なくなると、人はたびたび気を失います。30回を下回ると、脳が傷んだり、命を落としたりする恐れがあります。

そのころにも、心臓に電気を送る機械はありました。でも、それは体の外に置く大きな機械でした。MITが出している雑誌によると、その機械は壁のコンセントにつないで使うもので、電極が皮ふをやけどさせることもありました。レメルソン-MITプログラムは、その機械がテレビくらいの大きさだったと書いています。

02犬に入れた最初のペースメーカーは、体の水分がしみこんで4時間で止まった

1958年4月、グレートバッチは一人の外科医と出会いました。バッファローの退役軍人病院で外科部長をしていた、ウィリアム・シャーダック(William Chardack)です。2人は、もう一人の外科医アンドルー・ゲイジ(Andrew Gage)と一緒に、犬を使った試験を2年続けることになります。

1958年5月7日、2人は最初の試作品を犬の体に入れました。結果は失敗でした。回路はテープで包んでありましたが、体の水分がテープの隙間からしみこんでしまいました。そのため、回路はショートして、4時間で止まってしまいました。

そこでグレートバッチは、回路をエポキシ樹脂で固めることにしました。エポキシ樹脂は、液体からかたく固まるプラスチックです。すると1年もしないうちに、試作品は4か月もつようになりました。

グレートバッチが勤めていた会社は、事故が起きたときの責任を恐れて、ペースメーカーの仕事には手を出しませんでした。グレートバッチは、2,000ドルのお金を持って会社をやめました。そして家の裏の納屋で、ペースメーカーを50台、手作りしました。

家の裏の納屋で、ペースメーカーは1台ずつ手で作られた。
家の裏の納屋で、ペースメーカーは1台ずつ手で作られた。

03グレートバッチのペースメーカーは、1960年にアメリカで人の体に入った

1960年4月18日、シャーダックは患者の心臓に電極を取り付けました。そして6月6日、ペースメーカーの本体を患者の体に埋め込みました。グレートバッチの機械が、初めて人の体に入ったのです。同じ年、ミネアポリスのメドトロニック社が、この発明を使って製品を作る権利を得ました。

グレートバッチが特許を出したのは、そのあとの1960年7月22日です。特許には、ペースメーカーの本体の重さは約4オンス(約110g)と書かれています。本体は薄い円盤の形で、肋骨の外側の、皮ふのすぐ下に入れます。電池を交換しやすくするためです。

このペースメーカーは、約10ボルトの電気の信号を、約1000分の1秒だけ出します。その信号を、1秒に1回、心臓に送ります。

04体に最初に埋め込まれたペースメーカーは、1958年のスウェーデンの機械で、1日もたなかった

実は、グレートバッチの機械が人の体に入る2年前に、スウェーデンで同じような手術が行われていました。2024年にドイツの医学誌に出た歴史の論文によると、ペースメーカーを体の中に完全に埋め込んだ最初の例は、1958年10月8日のスウェーデンです。

手術をした場所は、ストックホルムのカロリンスカ病院です。手術をしたのは、外科医のオーケ・セニング(Åke Senning)です。ペースメーカーを作ったのは、医師で技術者でもあるルーネ・エルムクヴィスト(Rune Elmqvist)でした。

患者は、アルネ・ラーソン(Arne Larsson)という人です。ラーソンは、心臓が原因の発作で、1日に20〜30回も気を失っていました。何度も、命を救うための手当てが必要でした。ペースメーカーを開発した人たちは、手術をすることに不安をもっていました。それでも、追いつめられたラーソンの妻が強く願ったため、手術が行われました。

このペースメーカーの電池は、体の外から充電する仕組みでした。ところが、1台目のペースメーカーは、1日もたずに壊れました。2台目も、8日しかもちませんでした。

ラーソンは、そのあと2年間、ペースメーカーなしで過ごしました。1961年には、グレートバッチの機械と同じ水銀・亜鉛電池を使うペースメーカーに入れ替えました。

ラーソンは、そのあとも長く生きました。亡くなるまでに使った電極は5本、ペースメーカーの本体は22台です。2001年12月28日、ラーソンは86歳で、ペースメーカーとは関係のない病気で亡くなりました。

LECTURE

深掘り講義

ここから先は、もう一段深く。しくみ・史料・論争まで踏み込みます。

回路の部品を取り違えると、電気を出す間隔が変わる

グレートバッチの特許には、ペースメーカーの回路の図が載っています。回路の中心になる部品は、3つです。

  • トランジスタ:電気の流れを、オンとオフに切り替える部品。
  • 変圧器:電気の電圧を変える部品。
  • コンデンサー:電気をためる部品。

特許には、抵抗がコンデンサーと組み合わさって「タイミング回路」を作る、と書かれています。タイミング回路とは、電気の信号を出す間隔を決める部分です。

回路は、次のように動きます。まず、トランジスタが動いて、短い電気の信号が出ます。その間に、コンデンサーに電気がたまります。コンデンサーに電気がたまりきると、信号は止まります。そのあと、コンデンサーにたまった電気が、抵抗を通って抜けていきます。電気が抜けきるまで、回路は信号を出さずに休みます。

特許によると、この休む時間の長さは、抵抗の値とコンデンサーの値をかけ算した数に比例します。抵抗の値が大きいほど、電気はゆっくりしか抜けません。だから、休む時間が長くなります。

つまり、抵抗の値を間違えると、回路が休む時間の長さが変わります。心臓の音を記録するには、速く動く回路が必要でした。ところが、違う値の抵抗をつけたために、回路は短く電気を出しては長く休む動きになりました。それが、心臓に近いリズムだったのです。完成したペースメーカーの特許では、約1000分の1秒の信号を、1秒に1回出します。1分に60回のリズムです。

グレートバッチの話は、資料によって日付や数字が少しずつ違う

グレートバッチの話には、資料によって少しずつ違うところがあります。

  • グレートバッチの機械を人の体に初めて埋め込んだ日:MITの雑誌は「1960年4月」としています。2024年の論文は、4月18日に電極を、6月6日に本体を入れたと分けて書いています。どちらも正しく、どちらの手術を「埋め込み」と呼ぶかの違いです。
  • 技術者の団体からの表彰:ペースメーカーは、技術者の団体から、すぐれた発明として選ばれました。全米発明家殿堂は「1983年に、過去50年の2大貢献の一つに選ばれた」としています。レメルソン-MITは「1985年に、10大貢献の一つ」と書いています。
  • アメリカでの2例目:2024年の論文によると、1960年7月20日には、ボストンでポール・ゾル(Paul Zoll)も、ペースメーカーを人の体に埋め込んでいます。アメリカでは、ほぼ同じ時期に、いくつものチームがペースメーカーを開発していました。
  • 抵抗の値:「何オームの抵抗の代わりに、何オームの抵抗をつけた」と、具体的な数字で語られることがよくあります。でも、今回調べた大学や公的な資料には、その数字は書かれていませんでした。そのため、この記事では書いていません。

スウェーデンの会社は特許を出さず、グレートバッチは特許を取って世界に広めた

2024年の論文には、もう一つの事実が書かれています。スウェーデンのペースメーカーを作った会社は、特許を出しませんでした。ペースメーカーは、ごく一部の人のための高い医療で、商売にはならないと考えられていたのです。

一方、グレートバッチは特許を取り、メドトロニック社と組みました。その後、腐食しない(さびない)リチウム電池を開発しました。この電池で、ペースメーカーの寿命(使える年数)は、2年から10年に伸びました。電池を取り替える手術が減れば、患者の負担も減ります。

ペースメーカーを最初に作ることと、多くの人が使える形にすることは、別の仕事です。ペースメーカーの歴史では、多くの人が使える形にしたグレートバッチの名前が、広く知られるようになりました。

最初の患者ラーソンは、ペースメーカーの手術は今も大事件だと語った

ラーソンは2000年12月、ローマで開かれた学会で話をしました。今の人は、ペースメーカーの手術を当たり前のことだと思っている。でも、と彼は言いました。「患者にとっては、今でも大事件なのです」。1日もたなかった1台目のペースメーカーから42年間、22台の機械とともに生きてきた人の言葉です。

05まとめ

体に埋め込むペースメーカーは、1956年に生まれました。グレートバッチが、心臓の音を記録する回路に、違う値の抵抗をつけたことがきっかけです。犬に入れた最初の試作品は、4時間でショートして止まりました。その後、グレートバッチは納屋でペースメーカーを50台手作りしました。グレートバッチの機械がアメリカで人の体に入ったのは、1960年です。

ただ、ペースメーカーが人の体の中に最初に埋め込まれたのは、1958年10月8日、ストックホルムでのことでした。そのときの1台目は、1日もちませんでした。それでも患者のラーソンは、22台のペースメーカーを使って、86歳まで生きました。

人に話すなら、こう言おう

ペースメーカーって、心臓の音を記録する回路に間違った部品をつけたら、回路が心臓みたいに脈打ったのが始まりなんだって。でも最初に体に入ったのはスウェーデンの機械で、1日もたずに壊れたらしいよ。
READ IN ENGLISH

英語で読む

The Wrong Part That Saved Hearts

CEFR A2223 words4択 5問全訳つき
0:00

英文をタップすると、その文の訳が出ます。

In 1956, an engineer named Wilson Greatbatch was building a small machine in Buffalo, New York.1956年、ウィルソン・グレートバッチという技術者が、ニューヨーク州バッファローで小さな機械を組み立てていました。 It was for recording the sounds of the heart.それは、心臓の音を記録するためのものでした。 But he put in a part with the wrong value.ところが彼は、まちがった値の部品をつけてしまいました。 Suddenly, the machine began to pulse, like a beating heart.すると突然、その機械は、鼓動する心臓のように脈打ち始めました。

Greatbatch saw a new use for it.グレートバッチは、それの新しい使い道に気づきました。 Some sick hearts beat too slowly, and people with them can faint.病気の心臓の中には、打つのがおそすぎるものがあり、その人たちは気を失うことがあります。 A pacemaker sends small electric signals to keep the heart in rhythm.ペースメーカーは、小さな電気の信号を送って、心臓のリズムを保ちます。 At that time, pacemakers were big machines outside the body.当時、ペースメーカーは体の外に置く大きな機械でした。

In 1958, he tested his first model in a dog with a surgeon, William Chardack.1958年、彼は外科医のウィリアム・シャーダックといっしょに、最初の試作品を犬で試しました。 Water from the body got inside, and it stopped after four hours.体の水分が中に入り、それは4時間で止まってしまいました。 So he covered the parts in hard plastic.そこで彼は、部品をかたいプラスチックでおおいました。 He made 50 pacemakers by hand in a barn behind his house.彼は家の裏の納屋で、50台のペースメーカーを手で作りました。 In 1960, his pacemaker went into a human body for the first time.1960年、彼のペースメーカーが初めて人の体に入りました。

But another team was first.しかし、別のチームが先でした。 On October 8, 1958, doctors in Stockholm, Sweden, put a pacemaker inside a man named Arne Larsson.1958年10月8日、スウェーデンのストックホルムの医師たちが、アルネ・ラーソンという男性の体の中にペースメーカーを入れました。 The first one broke in less than a day.最初の1台は、1日もたたずにこわれました。 The second one worked for only eight days.2台目は、8日間しか動きませんでした。

Still, Larsson lived for many more years.それでも、ラーソンはそのあと何年も生きました。 He used 22 pacemakers during his life.彼は生涯で22台のペースメーカーを使いました。 He died in 2001 at the age of 86.彼は2001年に86歳で亡くなりました。 A small mistake in a lab became a machine that has helped millions of people.研究室での小さなまちがいが、何百万もの人を助けてきた機械になったのです。

4択問題 Reading Quiz

  1. Q1What is this story mainly about?

    この話は主に何についてのものですか。

  2. Q2How long did the first model in the dog work?

    犬に入れた最初の試作品は、どれくらい動きましたか。

  3. Q3Why did the first model stop working?

    最初の試作品はなぜ動かなくなったのですか。

  4. Q4In paragraph 2, the word "faint" is closest in meaning to ...

    第2段落の faint という語に最も意味が近いのはどれですか。

  5. Q5Which is true about the story?

    この話について正しいものはどれですか。

重要語 Key Words(タップで裏返る)

  • engineer名詞
    技術者、エンジニア

    My brother wants to be an engineer.

    兄は技術者になりたがっている。

    💡 engine(機械)から。アクセントは最後の -neer。

  • pulse動詞・名詞
    脈打つ/脈、パルス

    The nurse checked my pulse.

    看護師が私の脈を測った。

    💡 動詞では「規則正しくドキドキ動く」の意味。

  • rhythm名詞
    リズム、規則正しいくり返し

    Clap your hands to the rhythm of the song.

    歌のリズムに合わせて手をたたきなさい。

    💡 つづりに注意(rh-ythm)。in rhythm で「リズムに合って」。

  • faint動詞
    気を失う

    He almost fainted in the hot sun.

    彼は暑い日ざしの中で気を失いそうになった。

    💡 形容詞では「かすかな」(a faint sound)の意味もある。

  • surgeon名詞
    外科医

    The surgeon worked for five hours.

    その外科医は5時間働いた。

    💡 surgery(手術)をする人。doctor より専門的な語。

  • barn名詞
    納屋、家畜小屋

    The farmer keeps hay in the barn.

    農家の人は納屋に干し草をしまっている。

    💡 農家の大きな小屋。発音は「バーン」。

  • patient名詞
    患者

    The patient is resting in bed.

    その患者はベッドで休んでいる。

    💡 形容詞では「がまん強い」の意味もある。

  • mistake名詞
    まちがい、誤り

    I made a mistake on the test.

    テストでまちがいをした。

    💡 make a mistake で「まちがえる」。by mistake で「うっかり」。

SOURCES出典・ウラ取り

この記事の事実は、次の資料を実際に開いて確認しています(確認した事実 27件)。

  1. Internal Pacemaker(University at Buffalo)medicine.buffalo.edu
  2. Greatbatch, W. US Patent 3,057,356 "Medical cardiac pacemaker"(1962)patents.google.com
  3. Setting the Pace(MIT Technology Review, 2001)technologyreview.com
  4. Wilson Greatbatch(Lemelson-MIT Program, MIT)lemelson.mit.edu
  5. Wilson Greatbatch(全米発明家殿堂 National Inventors Hall of Fame)invent.org
  6. Lemke, B. (2024) Geschichte der Herzschrittmachertherapie in Deutschland, Herzschrittmachertherapie + Elektrophysiologiedoi.org

文章はすべて資料をもとに独自の言葉で書いています。画像はオリジナルのイメージです。誤りにお気づきの方は訂正窓口へ。

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