THEN VS NOW ・ 35

昭和・平成の常識 今はNG図鑑全部出典つき・35本

「うさぎとび」「運動中は水を飲むな」。むかしの当たり前が、いつ・だれの・どんな根拠で変わったのかを紹介します。

1今はNG

「うさぎとびをすると、足腰が強くなる」

むかしの常識:昭和の部活動・体育(体力づくりの定番の練習だった)

しゃがんだまま跳び進むうさぎとびは、すねの骨の疲労骨折やひざのけがを起こしやすい練習です。1984年にはスポーツ医学の専門家が禁止すべきだと書き、骨折の報告は減りました。

今の考え
体力づくりの練習としては勧められない。2023年の論文は、今も一部で行われているとして、うさぎとびによる骨折に注意するよう呼びかけている。
いつ変わった
国や学会が一斉にやめるよう通知した文書は、確かめられない。1984年にスポーツ医学の専門家の武藤芳照が禁止すべきだと書き、害が知られるようになった。
なぜそう言える? 根拠を読む

うさぎとびは、しゃがんだ姿勢のまま前へ跳び進む運動です。体力づくりの練習として、日本のスポーツ界で広く行われてきました。うさぎとびで、すねの外側の細い骨(腓骨)に疲労骨折(くり返しの負担で起きる骨折)が起きた例は、日本では1964年に報告されています。1973年には長崎大学の医師らが、野球部の16歳の男子2人の例を報告しました。毎日、約60mの廊下を10往復うさぎとびで進み、4日目からすねが痛み出したのです。

1981年には国会でも取り上げられました。参議院の文教委員会で、高木健太郎議員が整形外科の元教授の報告を紹介したのです。体をきたえるために2,000mのうさぎとびをして、数人が腓骨を折ったという内容でした。1984年には武藤芳照が、うさぎとびは禁止すべきだと書きました。トレーニングの効果が期待できず、骨折やひざのけがを起こしやすいからです。

国や学会が一斉に禁止を通知した文書は、確かめられていません。害が知られるようになり、うさぎとびによる骨折の報告は減ったとされます。それでも2023年、剣道部の高校1年生の例が報告されました。部活動が長く休みになったあと、うさぎとびを毎日15〜20分続け、両足の腓骨が疲労骨折したのです。

2今はNG

「練習中に水を飲むとバテるから、運動中は水を飲むな」

むかしの常識:昭和の部活動・体育の授業(明治から続いた考え方)

今は逆で、暑いときはこまめに水分と塩分をとるのが基本です。1994年に日本体育協会が熱中症予防のガイドブックを出し、予防の活動を広げました。

今の考え
暑いときはこまめに水分をとり、汗で失う塩分もスポーツドリンクなどで補う。運動で体重が2%以上減らないように飲む。
いつ変わった
1994年、日本体育協会(今の日本スポーツ協会)が「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」を出版した。
なぜそう言える? 根拠を読む

「水を飲むな」の根は明治にあります。1983年、東京大学の坂本ゆかりと宮下充正らが、その歴史を調べて学会で発表しました。1904年の本『理論実験競技運動』が、水分をひかえる「水抜き油抜き」という練習法を紹介しています。著者は武田千代三郎です。それより前の本には、運動のために水をひかえるという記述は見当たらないといいます。欧米のスポーツが広まる中で取り入れられた方法でした。

坂本らは、運動中の水分は制限するのがこれまでのふつうの考えだったと書いています。しかし、水を飲まずに運動すると、体の水分が減り、体温も上がります。京都工芸繊維大学の芳田哲也は2015年の論文で、夏の野球などの練習の調査を紹介しました。自由に水を飲める練習では、暑い日でも、体から減る水分の量がほぼ一定でした。

日本体育協会は1994年に、熱中症予防のガイドブックを出しました。芳田は、熱中症で亡くなった人の年齢の割合を、1970〜1990年と、2012年までの45年間とで比べました。45年間のほうが、10〜20歳の割合が小さくなっていました。芳田は、ガイドブックによる予防活動の成果かもしれないと書いています。

3条件つき

「運動の前は、反動をつけずにじっくり伸ばすストレッチをする」

むかしの常識:昭和の終わり〜平成の部活動・体育の準備運動

長く伸ばしすぎると、直後の力やスピードが少し落ちることが分かりました。1つの筋肉で60秒未満なら影響は小さく、体を動かす準備運動と組み合わせるのが今の考え方です。

今の考え
準備運動の中心は、体を動かしながら温める運動にする。じっくり伸ばすストレッチは短めにして、そのあとに動く運動を入れる。
いつ変わった
静的ストレッチに否定的な研究が増え、2011年に産業医科大学の総説が、2016年にカナダのベームらの総説がそれを整理した。
なぜそう言える? 根拠を読む

反動をつけずに、筋肉をゆっくり伸ばして止める方法を静的ストレッチといいます。体がやわらかくなり、けがも防げると考えられて、準備運動の定番になりました。2016年、カナダなどの研究者が、多くの研究をまとめた総説を出しました。総説は、準備運動の中心が、動きながら伸ばす動的ストレッチへ移ってきたと書いています。

総説を書いたベームらは、それまでの研究を集めて比べました。静的ストレッチの直後に測ると、力やスピードの成績は平均3.7%下がっていました。1つの筋肉を60秒以上伸ばすと、4.6%の低下でした。60秒未満なら、低下は1.1%にとどまりました。

伸ばしたあとに体を動かす運動を入れた研究では、はっきりした悪い影響は出ませんでした。けが全体を減らす効果も、はっきりしませんでした。総説は、ストレッチのあとに動く運動を加える準備運動なら勧められるとしています。関節がよく動くようになり、成績への影響もほとんどないからです。産業医科大学の2011年の総説も、静的ストレッチの直後は筋力がむしろ下がると整理しています。

4今はNG

「校庭の白線は、消石灰の白い粉で引く」

むかしの常識:昭和〜平成の学校の運動会・体育

消石灰は強いアルカリ性で、目に入ると角膜を傷つけます。日本眼科医会が1996年から学校での使用をやめるよう求め、今は炭酸カルシウムを使うよう指導されています。

今の考え
白線には、目に入っても害の少ない炭酸カルシウムを使う。
いつ変わった
2007年、日本眼科医会が「学校での消石灰の使用禁止」を文部科学省に要望し、文部科学省が学校で消石灰を使わないよう指導した。
なぜそう言える? 根拠を読む

消石灰は水酸化カルシウムという物質で、水にとけると強いアルカリ性になります。目に入ると、黒目の表面の角膜や、白目の結膜が傷つきます。視力に障害が残ることもあります。皮膚についても、やけどのような「化学熱傷」が起きることがあります。ライン引きの消石灰で起きた例も報告されています。

日本眼科医会は1996年、全国47の支部で調査をして、消石灰による目の事故を確かめました。そして、学校で消石灰を使うのをやめ、より安全な炭酸カルシウムを使うよう、日本学校保健会や教育委員会に働きかけました。2007年には、もう一度調査をしたうえで、文部科学省に使用の禁止を求めました。

文部科学省は要望を受けて、学校で消石灰を使わないよう指導しました。眼科医会は要望のとき、1991年に農作業中の消石灰で両目を失明した例もあわせて報告しています。国民生活センターは2011年にも、畑で使う消石灰が目に入って片目を失明した事故を公表しました。

5条件つき

「運動会の組体操は、高いピラミッドほど見ごたえがあってよい」

むかしの常識:平成20年代の運動会・体育祭

国は一律には禁止していませんが、2016年にスポーツ庁が「確実に安全にできないなら見送る」よう求めました。高さを競うやり方は、今は勧められていません。

今の考え
高さを競わず、安全を確かめられない技は行わない。大阪府のように、府立学校で原則禁止にした所もある。
いつ変わった
2016年3月25日、スポーツ庁が事務連絡「組体操等による事故の防止について」を全国の教育委員会などに出した。
なぜそう言える? 根拠を読む

日本スポーツ振興センターのデータでは、2015年度に組体操のけがは7,880件ありました。医療費が支払われた件数です。種目別ではタワーが約1,300件、ピラミッドが約1,000件でした。1969年以降、組体操の事故で9人が亡くなり、92人の子どもに障害が残っています。

ピラミッドが巨大になったのは、昭和ではなく平成の後半のことです。スポーツ庁の事業で2016年度にまとめた事例集が、いきさつを書いています。10段の立体的なピラミッドの動画が、インターネットで話題になりました。それから、高さを競う学校が出てきました。小学6年生に8段のピラミッドをさせる学校もありました。2014年には、大阪府八尾市で10段のピラミッドがくずれる映像がニュースで流れました。

スポーツ庁は2016年3月25日、タワーやピラミッドなどの危ない技について通知しました。確実に安全にできるか確かめ、できないなら見送るよう求める内容です。段数の低い技でも、死亡や障害の残る事故が起きているからです。大阪府教育庁は2019年、さらに厳しくしました。両足が地面についていない子の上に乗る技を、府立学校で原則禁止にしたのです。

6今はNG

「学校の健康診断では、毎年座高を測り、ぎょう虫を調べる」

むかしの常識:昭和12年(座高)・昭和19年(寄生虫卵)から平成27年度までの学校の健康診断

どちらも2016年度から、学校の健康診断の必須項目ではなくなりました。座高は結果がほとんど使われておらず、寄生虫の卵が見つかる子は1%以下になっていたためです。

今の考え
座高のかわりに、身長と体重の成長曲線で育ちを見る。寄生虫の検査は、陽性の子が多い地域では続けるべきだとされる。
いつ変わった
2014年4月30日に学校保健安全法施行規則が改正され、2016年度から座高と寄生虫卵の検査が必須項目から外れた。
なぜそう言える? 根拠を読む

座高の測定は、1937年(昭和12年)に学校の健康診断に加わりました。戦後に一時中断しましたが、1949年に復活して続いてきました。日本学校保健会の2015年の会報は、座高は育ちを見るのに役立つ面もあるが、今はほとんど使われていないと書いています。学校の現場からも、座高の測定は要らないという声が多く出ていました。

寄生虫の卵の検査は、1944年(昭和19年)に全学年で始まりました。1973年には中学生と高校生、1994年には小学4年生以上で省略できるようになりました。ほとんどの学校は、ぎょう虫の卵を調べる検査をしていました。卵が見つかる子の割合は、最近の10年間ずっと1%以下でした。

文部科学省は2014年4月30日に規則を改め、2016年度から2つを必須項目から外しました。かわりに、手足の形や育ち、動きを見る「四肢の状態」が加わりました。ただし、寄生虫の卵が見つかる割合は地域で差があります。陽性の子が多い地域では、検査を続けるべきだとされています。

7条件つき

「赤ちゃんには日光浴をさせると丈夫に育つ」

むかしの常識:昭和の子育て(母子健康手帳に「日光浴」の記述があった時代)

1998年以降、母子健康手帳の「日光浴」は「外気浴」に変わりました。紫外線は体に悪いという考えが広まったためです。ただ、骨に必要なビタミンDは日光で作られるので、短い時間の日光は今も必要です。

今の考え
強い日差しの時間をさけて、外の空気にふれさせる。日焼けするほどの日光浴は必要ない。
いつ変わった
1998年以降、母子健康手帳から「日光浴」の必要性の記述が消え、「外気浴」という言葉に変わった。
なぜそう言える? 根拠を読む

母子健康手帳には、かつて「日光浴」が必要だと書かれていました。その記述は1998年以降に消え、「外気浴」という言葉に変わりました。中島英彰が2020年に、雑誌『ビタミン』で説明しています。背景としてあげられているのは、1982年の南極のオゾンホールの発見です。それ以来、紫外線は皮膚がんや白内障を起こすので体に悪い、という考えが広まりました。

一方で、日光には、骨を作るのに必要なビタミンDを皮膚で作らせる働きがあります。環境省の紫外線環境保健マニュアル(2008年版)によると、母乳で育つ赤ちゃんはビタミンDが不足しがちです。同じマニュアルは、日本なら、両手の甲くらいの広さに15分日光が当たる程度で足りるとしています。日陰で30分ほど過ごすのでもよく、食事の分と合わせて十分だとしています。

同じマニュアルは、赤ちゃんの散歩では、日差しの強い10時〜14時ごろをさけるよう勧めています。帽子やベビーカーの日よけも使うよう書いています。日焼けするほどの日光浴はいりません。それでも、日光でビタミンDを作る働きは、うまく使う必要があるとしています。

8今はNG

「赤ちゃんはうつぶせに寝かせるほうがよい」

むかしの常識:平成の初めごろの子育て(うつぶせ寝で育てる家庭が増えた時期)

1歳まではあおむけに寝かせるのが国の勧めです。うつぶせ寝は、あおむけ寝より乳幼児突然死症候群(SIDS)が起きやすいと分かったためです。

今の考え
1歳まではあおむけに寝かせ、できるだけ母乳で育て、赤ちゃんの周りでたばこを吸わない。
いつ変わった
1998年6月に厚生省の研究班が日本の調査結果を公表した。今は毎年11月が「SIDS対策強化月間」になっている。
なぜそう言える? 根拠を読む

乳幼児突然死症候群(SIDS)は、元気だった赤ちゃんが眠っている間に突然亡くなる病気です。原因はまだ分かっていません。1997年の小児歯科の学術誌の論文によると、日本ではもともとあおむけ寝がふつうでした。ところがそのころ、うつぶせ寝で育てられる赤ちゃんが増えていると報告されています。

厚生省の研究班は、1996年1月から1997年6月までにSIDSと診断された837人を調べました。同じ性別で、生まれた日が近い健康な赤ちゃんと、育て方を比べたのです。結果は1998年6月に公表されました。SIDSの起きやすさは、母乳でなく人工乳の場合に4.8倍でした。両親がたばこを吸う場合は4.7倍、うつぶせ寝の場合は3.0倍でした。

欧米では、うつぶせ寝をやめる運動のあと、SIDSが大きく減りました。ノルウェーで90%、イギリスで72%減ったと報告されています。こども家庭庁によると、2024年にSIDSで亡くなった赤ちゃんは55人です。赤ちゃんの死因の第3位にあたります。あおむけ寝は、眠っている間の窒息を防ぐのにも役立つとされています。

9今はNG

「赤ちゃんには生後2〜3か月から果汁を飲ませる」

むかしの常識:昭和50年代の子育て(離乳の準備として果汁から始めた)

2007年に厚生労働省の「授乳・離乳の支援ガイド」が、離乳食の前に果汁を与える必要はないと明記しました。果汁で母乳やミルクの量が減り、栄養が足りなくなるおそれがあるためです。

今の考え
離乳食の前に果汁やスプーンの練習はいらない。離乳食は生後5〜6か月ごろから始める。
いつ変わった
2007年、厚生労働省が「授乳・離乳の支援ガイド」を出し、1995年の「改定 離乳の基本」に代えた。
なぜそう言える? 根拠を読む

1977年の小児歯科学雑誌に、赤ちゃん767人の食事の調査がのっています。ほぼ全員が、すでに果汁を飲み始めていました。76.5%は、生後2〜3か月で始めていました。果汁は「離乳食へ移る第1段階」と考えられていたのです。生後6か月の時点でも、65.8%の赤ちゃんが果汁を飲んでいました。

2007年、厚生労働省が「授乳・離乳の支援ガイド」をまとめました。ガイドは、離乳の前に果汁を与える必要はないと明記しました。果汁を飲むと、母乳やミルクの量が減るからです。たんぱく質や鉄、カルシウムなどが足りなくなるおそれもあります。果汁の飲みすぎと、栄養不足や発育の遅れとの関係も報告されていました。

スプーンに慣れさせる練習も、離乳の前にはいらないとされました。赤ちゃんは生後5〜7か月ごろ、口に入ったものを吸う反射が弱まります。そして、自然にスプーンを受け入れるようになるからです。日本子ども家庭総合研究所の堤ちはるが、2007年の解説でこうした理由を説明しています。

10今はNG

「はちみつは栄養があるので、赤ちゃんにあげてもよい」

むかしの常識:昭和の終わりごろまでの子育て

1歳未満の赤ちゃんに与えてはいけません。はちみつに混じるボツリヌス菌が腸で増え、乳児ボツリヌス症を起こすことがあるためです。1987年に厚生省が与えないよう指導しました。

今の考え
はちみつや、はちみつ入りの食品は1歳を過ぎてから。1歳以上なら危険の高い食品ではない。
いつ変わった
1986〜87年に国内で患者が続いたのを受け、1987年に厚生省が1歳未満の乳児にはちみつを与えないよう指導する通達を出した。
なぜそう言える? 根拠を読む

乳児ボツリヌス症は、1976年にアメリカで初めて報告されました。日本では1986年5月に千葉県で最初の患者が見つかりました。翌年にかけて、輸入されたはちみつが原因とみられる患者の報告が続きました。1989年までの患者12人は、全員が発病の前にはちみつを食べていました。

大人の腸では、ボツリヌス菌はほかの腸内細菌に負けて増えません。腸の中の環境が整っていない赤ちゃんでは、菌が増えて毒を出します。便秘やミルクを飲む力が弱まるなどの症状が出て、まれに亡くなることもあります。菌の芽胞は120℃で4分加熱しないと死なないため、ふつうの料理の加熱では防げません。

1987年に厚生省が指導すると、患者の報告は減りました。今もはちみつのラベルには、1歳未満に与えないよう書かれています。1990年以降に見つかった患者12人は、はちみつを食べていませんでした。1977年の調査では、赤ちゃんによく飲ませる飲み物の例に「砂糖やはちみつを加えた果汁」があげられていました。

11今はNG

「すり傷は赤チンで消毒して、乾かして治す」

むかしの常識:昭和40〜50年代の家庭の救急箱

今は、まず水でよく洗い、乾かさずに保護する手当てが勧められています。2019年の論文では、傷の消毒は「根拠が不確かな手当て」とされ、大学1年生の約7割がまだ消毒していました。

今の考え
傷を水でよく洗い、湿らせたまま保護するパッドや、ワセリンとラップで覆う。
いつ変わった
1970年代、作るときに水銀が出る赤チンに厳しい目が向けられ、1971年に色のつかない消毒薬が発売された。今は、傷を乾かさない手当て(湿潤療法)が根拠のある方法とされている(2019年の日本公衆衛生雑誌の論文)。
なぜそう言える? 根拠を読む

赤チンの正式な名前はマーキュロクロム液です。茶色のヨードチンキに対して、赤いヨードチンキという意味で「赤チン」と呼ばれました。1970年代の家庭では、赤チンで殺菌し、ばんそうこうでおおって、自然に治るのを待つのが一般的でした。

ところが赤チンは、塗ると傷口が赤くなって見えにくくなります。また作る工程で水銀が出るため、水俣病などの水銀中毒が問題になった時代に厳しい目が向けられました。1971年に山之内製薬が出した色のない消毒薬「マキロン」の名前は、マーキュロクロムの「マキロ」に「ン」を付けたものです。

埼玉大学の関由起子らは2019年、大学1年生408人の答えから、けがの手当ての方法を調べた結果を発表しました。論文は、傷を水で洗って湿らせたまま保護する方法を根拠のある手当てとしました。消毒や、傷を乾かすスプレーは根拠が不確かな手当てとしています。それでも69.9%の学生が傷を消毒していました。手当ての方法は、家で受けた手当てに強く影響されていました。

12今はNG

「鼻血が出たら上を向いて、首の後ろをトントンたたく」

むかしの常識:昭和〜平成の家庭や学校の保健室

首の後ろをたたいても血は止まらず、上を向くと血がのどに流れます。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、座って少し下を向き、小鼻を約10分しっかり押さえるよう案内しています。

今の考え
座って顔をやや下に向け、小鼻を中心に鼻全体を約10分押さえる。のどに回った血は飲みこまずに出す。30分押さえても止まらなければ受診する。
いつ変わった
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が子ども向けQ&A(2022年更新)で、上を向かず小鼻を押さえる止め方を案内している。
なぜそう言える? 根拠を読む

鼻血の多くは、鼻の入り口から約1cm奥の、左右を分けるしきりの粘膜から出ます。ここは血管が網の目のように集まり、表面に浮き出ているので、出血しやすい場所です。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会によると、鼻血は幼児から小学校低学年によく見られます。

同じ学会の子ども向けQ&Aには、小学2年生の話がのっています。鼻血のたびに首の後ろをトントンたたいていたら、保健室の先生に「それはおまじないよ」と笑われたというのです。血を止める基本は、出血している場所を押さえることです。上を向くと血がのどに流れ、せきこんだり、飲みこんで吐いたりすることがあります。

2019年、埼玉大学の関由起子らが、大学1年生408人の答えをまとめました。鼻血のとき頭を後ろにかたむける人は24.8%いました。首の後ろをたたく人も5.6%いました。79.9%はティッシュを鼻につめていましたが、論文はこれも勧めない方法としています。ティッシュはやわらかいので、血を止める効果は期待できません。ティッシュの繊維が血と一緒に固まり、取るときにまた出血することもあります。

13今はNG

「歯みがきは、食後30分たってからするのが正しい」

むかしの常識:平成20年代のテレビ・新聞の報道

ふつうの食事なら、食後早めにみがいてかまいません。「30分待つ」の元は、酸性の炭酸飲料に歯の内側の層をひたした特殊な実験でした。日本小児歯科学会が見解を出しています。

今の考え
ふつうの食事のあとは、早めにみがいて歯垢を落とすほうが大事。学校の昼食後の歯みがきは今までどおりでよい。
いつ変わった
日本小児歯科学会が見解「食後の歯みがきについて」を出し、食後早めの歯みがきで問題ないと説明した(学会サイトの一覧では2014年9月)。
なぜそう言える? 根拠を読む

「30分待て」の元になった研究は、ドイツのゲッティンゲン大学のアッティンらが2004年に発表しました。11人のボランティアが、歯の試料をつけた装置を21日間口に入れました。試料は1日2回、pH2.9という強い酸性の炭酸飲料に90秒ひたされました。そのあと、すぐ・10分後・20分後・30分後・60分後にみがいて、すり減り方を比べました。

すぐから20分後までにみがいた試料は、みがかない試料より多くすり減りました。30分後と60分後では、はっきりした差は出ませんでした。ただし試料は、歯の外側をおおうエナメル質ではなく、内側の象牙質でした。調べていたのも、むし歯ではなく、酸で歯が溶ける「酸蝕症」です。

日本小児歯科学会は、ふつうの食事では酸蝕症は起こりにくいと説明しています。エナメル質は酸に強く、だ液にも酸を中和する働きがあるからです。むし歯は、歯垢の中の細菌が糖から酸を作って起こります。学会は、食後は早めにみがいて歯垢を落とすほうが大事だとし、学校での昼食後の歯みがきは今までどおりでよいとしています。

14今はNG

「アレルギーが心配なら、離乳食で卵を始めるのを遅らせる」

むかしの常識:平成の子育て(2000年代)

卵を遅らせてもアレルギーは防げないと分かってきました。2017年に日本小児アレルギー学会は、湿疹のある赤ちゃんでは医師の管理のもと、生後6か月から卵をごく少量始めるよう提言しました。

今の考え
特定の食べ物の開始を遅らせることは勧められない。湿疹のある赤ちゃんは湿疹を治してから、医師の管理のもとで加熱した卵をごく少量始める。すでにアレルギーが疑われる子に自己判断で食べさせない。
いつ変わった
2017年6月、日本小児アレルギー学会が「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」を出した。
なぜそう言える? 根拠を読む

卵やピーナッツなど、アレルギーを起こしやすい食べ物があります。これらは離乳期の早くからさけたほうがよい、と考えられた時期がありました。2005年には、卵を生後7か月より後に始める赤ちゃんが90%以上いました。離乳食を生後4か月で始める割合は、1985年の34.9%から、2015年には0.8%まで下がりました。

提言のもとになったのは、国立成育医療研究センターのPETITスタディです。湿疹のある赤ちゃんを、くじ引きで2つに分けました。一方は生後6か月から加熱した卵の粉を毎日50mg(加熱した卵0.2g分)、9か月からは250mg食べました。もう一方は、1歳まで卵を食べませんでした。1歳で卵アレルギーになったのは、食べたグループで8%、食べなかったグループで38%でした。

この結果を受け、日本小児アレルギー学会は2017年に提言を出しました。食べ始めを遅らせても、予防にはならないという内容です。湿疹のある赤ちゃんは、まず湿疹を治します。そのうえで医師の管理のもと、生後6か月から卵をごく少しずつ始めるよう勧めています。すでに卵アレルギーが疑われる子に安易に食べさせるのは、きわめて危険だとも書いています。

15今はNG

「かぜをひいたら、病院で抗生物質をもらえば早く治る」

むかしの常識:昭和〜平成の町の診療所

かぜの多くはウイルスが原因で、細菌に効く抗生物質(抗菌薬)は効きません。2017年に厚生労働省が手引きを出し、ふつうのかぜには抗菌薬を使わないよう勧めました。

今の考え
ふつうのかぜ(感冒)には抗菌薬を使わない。細菌が原因と考えられるときに使う。
いつ変わった
2017年6月1日、厚生労働省が「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版」を公表した。2019年12月の第二版で乳幼児の項目が加わった。
なぜそう言える? 根拠を読む

抗生物質は細菌をやっつける薬で、今は抗菌薬とも呼ばれます。かぜの多くはウイルスで起こるので、抗菌薬は効きません。厚生労働省の手引きは、かぜに抗菌薬を出しても早く治ることはないと書いています。大人では、副作用が増えるという報告もあります。吐く・下痢・発疹などが、にせの薬を飲んだ人の2.62倍起きていました。

手引きができた背景には、薬が効かない「薬剤耐性菌」の広がりがあります。何もしなければ、2050年には世界で年に1,000万人が耐性菌で亡くなるという推定があります。日本は、飲み薬の抗菌薬の一部を多く使っていると指摘されていました。第3世代セファロスポリン系などです。

手引きの第一版は2017年6月1日に公表され、学童期より上の子どもと大人が対象でした。2019年12月5日の第二版で、生後3か月以降の乳幼児の項目が加わりました。日本は2016年4月に、薬剤耐性対策の行動計画(アクションプラン)を作っています。

16今はNG

「悪いことをした生徒は、先生がげんこつでしかってよい」

むかしの常識:昭和〜平成の学校や部活動

昭和の学校でも、体罰は法律で禁じられていました。戦時中の1941年の国民学校令も、1947年の学校教育法も、体罰を禁止しています。

今の考え
体罰はどんな場合も違法。長い時間の正座や直立をさせることも体罰に当たる。
いつ変わった
2013年3月13日、文部科学省が通知「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」を出し、体罰と懲戒の区別を示した。
なぜそう言える? 根拠を読む

体罰を禁じる決まりは、明治の初めからあります。1879年(明治12年)の教育令は、第46条で、学校で生徒に体罰を加えてはならないと定めました。殴ることやしばることが、例としてあげられています。1890年の小学校令にも、体罰を禁じる条文がありました。

昭和に入っても同じです。1941年(昭和16年)、小学校は国民学校に変わりました。その国民学校令も、先生は児童を懲戒(しかったり罰を与えたり)できるが、体罰は加えられないと定めています。戦後の1947年にできた学校教育法も、第11条で同じことを定めました。

それでも体罰はなくなりませんでした。文部科学省は2013年3月13日の通知で、前の年の暮れに部活動中の体罰を背景に高校生が自殺した事件にふれました。そして、体罰を厳しい指導として正当化するのは誤りだと書きました。長い時間の正座や直立をさせることも体罰に当たると示しています。

17条件つき

「プールのあとは、水道の洗眼器で目をしっかり洗う」

むかしの常識:昭和〜平成の学校のプール

簡単に洗うのはかまいませんが、勧められてはいません。プールの塩素も、水道水で長く洗うことも、目の表面を傷めるおそれがあるためです。日本眼科医会は、ゴーグルの使用が望ましいとしています。

今の考え
泳ぐときはゴーグルを使う。プールのあとに水道水で軽く洗うのはよいが、積極的には勧めない。
いつ変わった
2008年、日本眼科医会の学校保健部が見解を出し、厚生労働省の研究班も水道水での洗眼は積極的には勧めないと結論した。
なぜそう言える? 根拠を読む

2008年、慶應義塾大学の坪田一男教授のグループが、眼科の学術誌に論文を発表しました。10人の目に、塩素を加えた生理食塩水や水道水などを250mL、50秒かけて流しました。塩素入りの水では角膜の表面の細胞が傷つきました。水道水でも、目の表面の守りが弱まったことを示す染色の値が上がりました。

厚生労働省の研究班も2008年度、63人のボランティアで試しました。室内プールで1時間泳いでもらったのです。ゴーグルなしの人は、目の表面に傷ができました。ゴーグルをつけた人には、変化がありませんでした。傷は2週間後までに全員治りました。研究班は、ゴーグルの使用が望ましく、水道水での洗眼は積極的には勧めないと結論しました。

日本眼科医会の学校保健部も、2008年に見解を出しました。水道水で簡単に洗うのはよいが、積極的に勧めるものではない、という内容です。坪田教授らの実験は50秒洗い続けたものですが、学校での洗眼はふつう5秒以内だと指摘しています。昔の学校がゴーグルを認めなかった理由には、高価なことや、ガラス製で安全に不安があったことがありました。

18条件つき

「外から帰ったら、うがいをするとかぜを防げる」

むかしの常識:大正〜昭和から続く日本の家庭や学校の習慣

水うがいでかぜが減ったという試験はありますが、大人を対象にした1件です。同じ試験で、ヨウ素入りのうがい薬でははっきりした差が出ませんでした。

今の考え
水でのうがいは、大人のかぜを減らしたという試験がある。うがい薬が水より効くという結果は出ていない。子どもでの効果は、この試験では調べていない。
いつ変わった
2005年、京都大学などのグループが、くじ引きで分けた試験で水うがいの効果を確かめたと発表した。
なぜそう言える? 根拠を読む

日本では、うがいでかぜを防ぐ習慣が長く続いてきました。1918〜1921年には、スペインかぜが世界で流行しました。内務省衛生局が1922年にまとめた報告書『流行性感冒』も、マスクとともにうがいの必要を説いています。それでも、本当に効くかどうかは、長い間きちんと試されていませんでした。

京都大学などのグループは、2002〜2003年の冬に試験をしました。18〜65歳の健康な387人を、くじ引きで3つのグループに分けたのです。水でうがいをする人と、ヨウ素(ポビドンヨード)のうがい薬を使う人、ふだんどおりの人です。うがいは1日3回以上とし、60日間、かぜをひくかどうかを記録しました。

かぜのひきやすさは、ふだんどおりのグループを1とすると、水うがいで0.64でした。うがい薬では0.89で、はっきりした差は出ませんでした。かぜをひいたかどうかは、参加者が自分で症状を記録して決めています。結果は2005年に、アメリカの予防医学の学術誌に発表されました。研究者は、ほとんどお金のかからない方法として、水うがいは多くの人の役に立つと書いています。

19今はNG

「飛行機の中でたばこを吸ってもいい」

むかしの常識:1990年代までの国内線の飛行機

今は機内のどこでも吸えません。日本航空と全日空は1999年春までに、国内線も国際線も全便を禁煙にしました。トイレでの喫煙は、航空法でも禁じられています。

今の考え
機内はすべて禁煙。トイレで電子たばこや加熱式たばこを使うことも、航空法で禁じられている。
いつ変わった
1999年春までにJALとANAが全便を禁煙にした。国は2003年3月に航空法の改正案をまとめ、今の航空法はトイレでの喫煙を禁じている。
なぜそう言える? 根拠を読む

航空業界の雑誌フライトグローバルは、1998年9月11日に次のように伝えました。日本航空(JAL)は1999年4月1日から、全日空(ANA)は同じ年の3月28日から、国内線と国際線の全便を禁煙にします。その少し前の1998年7月17日には、日本エアシステムが国内線をすべて禁煙にしていました。

禁煙になったあとも、トイレで隠れて吸う人は残りました。国土交通省は2003年3月、化粧室での喫煙などの「機内迷惑行為」が急に増えているとして、航空法の改正案をまとめました。今の航空法73条の4は、トイレでの喫煙を、機長が禁止の命令を出せる行為の一つにあげています。命令に従わないと、50万円以下の罰金になることがあります。

国土交通省は、電子たばこや加熱式たばこもトイレで使えば同じ扱いになると案内しています。2018年に改正された健康増進法でも、旅客を運ぶ航空機は「禁煙」の場所に入りました。この決まりは2020年4月1日に始まりました。

20今はNG

「新幹線の車内でたばこを吸ってもいい」

むかしの常識:平成の東海道新幹線

今は吸えません。東海道新幹線は2007年から車内に喫煙ルームを置いていましたが、JR東海は2023年10月に、2024年春でそれをすべて廃止すると発表しました。

今の考え
東海道新幹線の車内の喫煙ルームは、2024年春にすべて廃止された。
いつ変わった
JR東海が2023年10月17日に、2024年春で車内の喫煙ルームをすべて廃止すると発表した。
なぜそう言える? 根拠を読む

JR東海は2023年10月17日に「東海道新幹線 車内喫煙ルームの廃止について」を発表しました。東海道新幹線は、2007年7月にN700系がデビューしてから、車内に喫煙ルームを置いてきました。それを2024年春で、すべてなくすという内容です。対象は3号車・10号車・15号車の喫煙ルームでした。

JR東海があげた理由は、健康を気にする人が増えたことと、たばこを吸う人の割合が下がったことです。喫煙ルームのあとには、非常用の飲み水を積むことにしました。駅でない場所で長く止まったとき、乗客に早く配るためです。

法律も変わってきました。2003年に動き出した健康増進法では、駅や列車で受動喫煙を防ぐことは「努めなければならない」という決まりでした。2018年の改正では、鉄道は「原則屋内禁煙」の場所になりました。吸ってよいのは「喫煙専用室」の中だけです。

21今はNG

「学校の職員室や病院でたばこを吸ってもいい」

むかしの常識:昭和〜平成の学校・病院

今はNGです。2019年7月1日から、学校や病院は敷地の中が原則として禁煙になりました。屋外でも、煙を防ぐ対策をとった喫煙場所でしか吸えません。

今の考え
学校・病院・行政機関は敷地内禁煙で、職員室や病室で吸うことはできない。
いつ変わった
2003年に健康増進法で受動喫煙対策が「努力義務」になり、2018年の改正で2019年7月1日から敷地内禁煙になった。
なぜそう言える? 根拠を読む

変化は2段階でした。まず2002年に健康増進法ができました。2003年4月の厚生労働省の通知は、中身をこう説明しています。学校や病院などを管理する人は、受動喫煙を防ぐよう努めなければならない。受動喫煙とは、他人のたばこの煙を吸わされることです。ただし、これは「努める」という決まりでした。

次に2018年、健康増進法が改正されました。学校・病院・児童福祉施設・行政機関は「敷地内禁煙」になりました。この部分は2019年7月1日に始まりました。屋外に喫煙場所を置けるのは、受動喫煙を防ぐのに必要な対策をとった場所だけです。

厚生労働省の検討会の報告書(通称「たばこ白書」、2016年)は、受動喫煙で亡くなる日本人を年間約1万5千人と推計しています。死因として数えたのは、肺がん、心筋梗塞などの心臓の病気、脳卒中です。

22今もOK

「お酒とたばこは20歳になってから」

むかしの常識:明治から続く日本の決まり

今もそのとおりです。2022年に大人になる年齢は18歳に下がりました。それでもお酒とたばこは20歳のまま残り、法律の題名まで「二十歳未満」に書きかえられました。

今の考え
18歳で大人になっても、お酒とたばこは20歳になるまでだめ。
いつ変わった
変わっていない。2022年4月に成年年齢が18歳になったとき、法律の題名を「二十歳未満」に改めて20歳を残した。
なぜそう言える? 根拠を読む

たばこの年齢の決まりは、1900年(明治33年)にできた法律から始まります。お酒は1922年(大正11年)の法律です。2つは「未成年者喫煙禁止法」「未成年者飲酒禁止法」と呼ばれてきました。民法では大人になる年齢(成年年齢)が20歳だったので、「未成年者」は20歳未満の人を指していました。

2018年6月に民法が改正され、2022年4月1日から成年年齢は18歳になりました。法務省によると、成年年齢の見直しは、明治9年の太政官布告から約140年ぶりです。

法律の中の言葉が「未成年者」のままだと、18歳と19歳は対象から外れてしまいます。そこで2つの法律は題名が改められ、今は「二十歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律」などになっています。法務省は、健康への心配から20歳を残したと説明しています。競馬などの公営競技の券を買えるのも、20歳からのままです。

23今もOK

「梅酒は家で漬けて作ってもいい」

むかしの常識:昭和の家庭の台所

今もOKです。大人が自分で飲む分なら、アルコール分20度以上の酒に梅を漬けることが法律で認められています。ただ、20度未満の酒を使ったり、ぶどうを漬けたりするのはだめです。

今の考え
大人が自分で飲む分なら、20度以上の酒に梅と砂糖を漬けてよい。
いつ変わった
変わっていない。酒税法43条11項と施行令50条が、自分で飲むための梅酒づくりを例外として認めている。
なぜそう言える? 根拠を読む

酒税法43条では、酒に別の物を混ぜてできた物が酒なら、新しく酒を造ったとみなします。酒を造るには、税務署長の免許が要ります。ところが同じ43条の11項に例外があります。消費者が自分で飲むために混ぜる場合は、この決まりを当てはめないというものです。

例外の条件は、酒税法施行令50条にあります。もとの酒は、税金のかかった20度以上の酒であること。混ぜる物は「糖類、梅その他」の決められた物であること。混ぜたあと、アルコール分が1度以上増えるような発酵をしないこと。国の政令の文に「梅」という字がそのまま書かれています。

混ぜてはいけない物は、酒税法施行規則13条が決めています。米・麦などの穀物とそのこうじ、ぶどう(やまぶどうを含む)、アミノ酸、ビタミン類などです。例外は「自分で飲むため」に限られます。なお、梅酒もお酒なので、飲めるのは20歳からです。

24今はNG

「車の後ろの席ならシートベルトはしなくていい」

むかしの常識:昭和〜平成なかばの自家用車

今はNGです。2008年から、後ろの席もすべての道路でシートベルトが義務です。高速道路では、しめていない人が事故で亡くなる割合は、しめた人の約13.9倍です。

今の考え
後ろの席も、すべての道路でシートベルトをしめる義務がある。
いつ変わった
1985年の法改正では後ろの席は「努力」どまりで、2008年に道路交通法で義務になった。
なぜそう言える? 根拠を読む

1985年の道路交通法の改正で、運転席と助手席のシートベルトが義務になりました。ところが後ろの席は、運転者が「着用させるよう努める」だけでした。1986年版の警察白書に、この書き分けが残っています。後ろの席も義務になったのは2008年です。

警察庁とJAFの2025年の調査では、一般道路での後ろの席の着用率は45.8%でした。運転席は99.1%です。一般道路の後ろの席では、半分以上の人がしめていないことになります。高速道路などで後ろの席の人がしめていないと、運転者に違反点数1点がつきます。

警察庁によると、しめていない人の致死率は、しめた人の約13.9倍(高速道路)と約2.8倍(一般道路)です。致死率は、事故で死傷した人のうち亡くなった人の割合です。時速60kmで壁にぶつかる衝撃は、高さ14mのビルから落ちるのと同じだと警察庁は説明しています。

25今はNG

「原付バイクならヘルメットはかぶらなくていい」

むかしの常識:1986年夏までの原付バイク

今はNGです。原付のヘルメットは1986年7月5日から義務になりました。その年の7〜12月、原付に乗っていて亡くなった人は、前の年の同じ時期より11.9%減りました。

今の考え
原付でも、乗るときは必ずヘルメットをかぶる。
いつ変わった
1985年7月の道路交通法改正で決まり、1986年7月5日から原付の運転者にもヘルメットが義務になった。
なぜそう言える? 根拠を読む

1986年版の警察白書によると、1985年に原付に乗っていて亡くなった人は972人でした。そのうち613人(63.1%)がヘルメットをかぶっていませんでした。かぶっていなかった613人のうち466人は、頭のけがで亡くなっていました。

同じ1985年の7月、道路交通法が改正されました。原付より大きいバイク(自動二輪車)の運転者と同じように、原付の運転者にもヘルメットを義務づけたのです。実際に始まったのは1986年7月5日でした。

1987年版の警察白書は、効果を数字で示しています。1986年の7〜12月、原付に乗っていて亡くなった人は、前の年の同じ時期より11.9%減りました。義務化の前の1〜6月は、前の年より6.9%増えていました。白書は、ヘルメットを義務にした効果は「極めて高い」と書いています。

26今はNG

「子どもを車に乗せるのにチャイルドシートはいらない」

むかしの常識:平成のはじめまでの自家用車

今はNGです。2000年4月1日から、6歳未満の子を車に乗せるときはチャイルドシートが義務です。使わない子が事故で亡くなる割合は、正しく使った子の約5.3倍です。

今の考え
6歳未満の子は、車に乗るときチャイルドシートに座らせる義務がある。
いつ変わった
1999年5月の道路交通法改正で決まり、2000年4月1日から6歳未満の子へのチャイルドシートが義務になった。
なぜそう言える? 根拠を読む

2000年版の警察白書によると、幼い子が車に乗っていて死傷する数が急に増えていました。それを受けて1999年5月に道路交通法が改正され、2000年4月1日から義務になりました。対象は6歳未満の子です。

警察庁は、2021〜2025年の5年間に車に乗っていて事故で死傷した6歳未満の子について、亡くなった子の割合を比べています。正しく使った子は0.11%、使わなかった子は0.56%でした。使わない子のほうが約5.3倍高いことになります。

警察庁とJAFが2026年5月に調べた使用率は、全国平均で84.0%でした。年齢別では、1歳未満が94.8%、5歳が65.7%です。使っていても、子を正しく座らせていたのは58.7%だけでした。正しく座らせないと、事故のときに子がシートから飛び出すことがあると警察庁は注意しています。

27今はNG

「車を運転しながら携帯電話を手に持って話してもいい」

むかしの常識:1990年代の自動車電話・携帯電話

今はNGです。1999年11月1日から、走っている車で携帯電話を使うことが禁止されました。2019年12月には罰則が重くなり、手に持って話すだけで拘禁刑や罰金の対象です。

今の考え
運転中に携帯電話を手に持って話したり、画面を見つめたりしてはいけない。
いつ変わった
1999年11月の道路交通法改正で禁止され、2019年12月の改正で罰則が重くなった。
なぜそう言える? 根拠を読む

2000年版の警察白書によると、走行中の携帯電話の使用は1999年11月1日に禁止されました。それでも1999年の1年間に、携帯電話が関係する人身事故は2,583件ありました。いちばん多かったのは、かかってきた電話を受けるときの事故です。1,146件で、全体の44.4%でした。

その後、スマートフォンの画面を見ながら運転する人が問題になりました。2019年12月1日、罰則を重くした改正道路交通法が始まりました。対象は、手に持って通話することと、画面を見つめることです。罰則は6か月以下の拘禁刑か、10万円以下の罰金です。事故など交通の危険を生じさせると、1年以下の拘禁刑か30万円以下の罰金になります。

政府広報によると、携帯電話が原因の事故は、2019年の2,645件から2020年は1,283件へと半分以下になりました。ただ、2021年からはまた増えています。なお、道路交通法71条が禁じているのは、手に持たないと話せない電話を、走りながら通話に使うことです。

28今はNG

「ビール1杯くらいなら運転しても大丈夫」

むかしの常識:昭和〜平成のはじめの宴会のあと

NGです。酒気帯び運転で罰せられる基準は、2002年6月に、はく息1リットル中のアルコール0.25mgから0.15mgに下がりました。0.15mg未満でも、飲んで運転することは禁止です。

今の考え
量にかかわらず、酒を飲んだら運転してはいけない。
いつ変わった
2002年6月に罰則の基準が呼気0.15mgに下がり、2006年の福岡の事故のあと、2007年9月に罰則が重くなった。
なぜそう言える? 根拠を読む

2003年版の警察白書によると、酒気帯び運転(体にお酒が残った状態での運転)で罰せられる基準が下がりました。はく息1リットルにふくまれるアルコールが、0.25mgから0.15mgになりました。この改正道路交通法は2002年6月に始まりました。その年の6〜12月、飲酒運転による死亡事故は前の年の同じ時期より26.7%減りました。

2006年8月、福岡県で飲酒運転の事故により幼い子ども3人が亡くなり、大きな社会問題になりました。2007年9月の改正で、罰則はさらに重くなりました。今は運転した人だけでなく、車を貸した人、酒を出した人、同乗した人にも罰則があります。

2026年7月21日からは、酒酔い運転に初めて数字の基準ができました。はく息1リットルあたり0.5mg以上です。酒酔い運転の罰則は、5年以下の拘禁刑か100万円以下の罰金です。0.5mgに届かなくても、0.15mg以上なら酒気帯び運転として罰せられます。

29条件つき

「軽トラの荷台に人を乗せて走ってもいい」

むかしの常識:昭和の農家の軽トラック

原則はNGですが、例外が2つあります。積んだ荷物の番をする最小限の人なら乗れます。それ以外でも、出発地の警察署長の許可があれば乗せられます。

今の考え
荷物の番をする最小限の人か、警察署長の許可を受けた人数だけが荷台に乗れる。
いつ変わった
道路交通法55条と56条が、原則の禁止と2つの例外を今も定めている。
なぜそう言える? 根拠を読む

道路交通法55条1項は、乗るための場所以外に人を乗せて運転することを禁じています。トラックの荷台は、本来は荷物を積む場所です。道路交通法は1960年(昭和35年)にできた法律です。

ただし55条1項には続きがあります。荷物を運ぶ造りの自動車で荷物を積んでいるなら、その荷物を見張るのに必要な最小限の人を荷台に乗せてよい、というものです。荷物の番をする人は、許可なしで乗れます。

もう一つは56条2項の許可です。出発地の警察署長が、道路や交通の状況から支障がないと認めれば、人数を限って荷台に乗せられます。警視庁の案内では、申請には荷台に人を乗せる様子の図や、やむを得ない理由を示す資料が要ります。手数料はかかりません。同じ車・同じ人数と乗せ方・同じ経路なら、1年以内の期間でまとめて許可することもあります。

30今はNG

「家の庭の焼却炉でごみを燃やしてもいい」

むかしの常識:昭和〜平成の住宅の庭

今はNGです。2001年4月から、ごみの野外焼却は原則禁止です。2002年12月からは、800度以上で燃やせない昔の家庭用焼却炉も使えなくなりました。

今の考え
家庭のごみは収集に出す。軽いたき火や行事での焼却などは例外。
いつ変わった
廃棄物処理法により2001年4月から野外焼却が原則禁止になり、2002年12月1日に焼却炉の基準が厳しくなった。
なぜそう言える? 根拠を読む

廃棄物処理法16条の2は、決められた方法以外でごみを燃やすことを禁じています。違反すると、5年以下の拘禁刑か1,000万円以下の罰金、またはその両方です。千葉市によると、庭のドラム缶やブロックで囲んだ炉での「野焼き」は、2001年4月1日から禁止されています。

焼却炉にも条件がつきました。燃えるガスが800度以上になる燃焼室、温度計、温度を保つための助燃装置などが必要です。千葉市は、野外焼却は低い温度で燃えるため、ダイオキシン汚染などの原因の一つになると説明しています。

この焼却炉の基準は、もとは2001年12月1日に始める予定でした。環境省が2001年3月に意見を募ると、218の人や団体から意見が届きました。「準備が間に合わない」という声を受けて、1年遅らせました。一方で、たき火や地域の行事のための焼却は、政令で例外とされています。

31条件つき

「熱は水銀の体温計で測るもの」

むかしの常識:昭和の家庭の救急箱

条件つきです。水銀の体温計は2020年12月31日から、日本で作ることが原則禁止になりました。ただ、法律が禁じたのは作ることで、家にある体温計を使うことまでは禁じていません。

今の考え
水銀の体温計は新しく作れない。家にあるものを使うことは法律で禁じられていない。
いつ変わった
水俣条約に合わせた法律と政令で、2020年12月31日から水銀体温計の製造が原則禁止になった。
なぜそう言える? 根拠を読む

2013年10月、熊本市と水俣市で開かれた外交会議で「水銀に関する水俣条約」が採択されました。条約は2017年8月16日に発効しました。日本はこの条約に合わせて、2015年に「水銀による環境の汚染の防止に関する法律」を作りました。

この法律は、決められた「特定水銀使用製品」を作ることを禁じています。その品目を並べた政令の12番目が温度計で、体温計もここに入ります。温度計や電気式でない血圧計などは、2020年12月31日から作れなくなりました。条約で認められた使い道のために国の許可を受けた場合だけが例外です。

政令の附則には、この日付が「平成三十二年十二月三十一日」と書かれています。政令ができた2015年は、まだ令和に変わる前だったからです。一方で、この法律の禁止は「作ること」です。家にある水銀体温計を使うことまでは、この法律は禁じていません。

32条件つき

「健康のために1日30品目を食べよう」

むかしの常識:1985年からの厚生省の食生活指針

条件つきです。いろいろな食品を食べることは今も勧められています。ただ「30」という数字は、2000年の新しい食生活指針で消えました。今は主食・主菜・副菜をそろえることが中心です。

今の考え
品目の数を数えるより、主食・主菜・副菜をそろえ、体に合った量を食べる。
いつ変わった
2000年に厚生省・農林水産省・文部省が決めた新しい食生活指針から「30食品」が消えた。
なぜそう言える? 根拠を読む

「1日30食品を目標に」は、厚生省が1985年に出した「健康づくりのための食生活指針」の言葉です。「多様な食品で栄養バランスを」という項目の中にありました。1990年の「成人病予防のための食生活指針」にも「目標は1日30食品」と書かれています。

2000年、厚生省・農林水産省・文部省が新しい「食生活指針」を決めました。そこに30という数字はありません。項目の一つは「主食、主菜、副菜を基本に、食事のバランスを」です。主食・主菜・副菜をそろえることは、1985年の指針にも「30食品」と並んで書かれていました。「多様な食品を組み合わせましょう」という言葉も残っています。

新しい指針には「適正体重を知り、日々の活動に見合った食事量を」という項目も加わりました。品目の数ではなく、料理の組み合わせと食べる量を目安にする形になりました。指針は2016年に一部が改正されましたが、今も「30」の数字はありません。

33条件つき

「卵はコレステロールが多いから1日1個まで」

むかしの常識:昭和〜平成の家庭の食卓

条件つきです。国の「日本人の食事摂取基準」は、2015年版からコレステロールの上限の目標をなくしました。ただし、血液のコレステロールが高い人は、1日200mg未満が望ましいとされています。

今の考え
健康な人に卵の個数の決まりはない。ただし脂質異常症の人は、コレステロールを1日200mg未満にするのが望ましい。
いつ変わった
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015年版)」で、コレステロールの上限の目標量がなくなった。
なぜそう言える? 根拠を読む

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2010年版)」には、コレステロールの上限の目標がありました。大人の男性で1日750mg未満、女性で600mg未満です。卵の中身100gには、コレステロールが370mgあります。中身が50gの卵なら約185mgです。つまり男性の上限は、卵だけなら約4個分でした。

2015年版では、この上限の目標がなくなりました。食事からとるコレステロールは、体の中で作られる量の1/3〜1/7にすぎません。日本人を調べた研究では、卵を1日2個以上食べる人とほとんど食べない人で、心臓病や脳卒中で亡くなる割合に意味のある差はありませんでした。一方、アメリカの6つの研究をまとめた解析では、卵を多く食べる人ほど心臓や血管の病気が多いという結果も出ています。

今の2025年版も、上限を決めないのは、いくら食べても大丈夫という意味ではない、と強く注意しています。脂質異常症(血液の脂質が多すぎる状態)の人は、1日200mg未満に留めるのが望ましいとしています。

34今はNG

「新鮮な牛のレバーなら生で食べても大丈夫」

むかしの常識:平成の焼肉店

NGです。牛の肝臓の内側から腸管出血性大腸菌が見つかっていて、新鮮でも安全とは言えません。2012年7月1日から、牛レバーを生で食べる用に売ったり出したりすることは禁止です。

今の考え
牛や豚のレバーは、中までしっかり加熱して食べる。
いつ変わった
厚生労働省が食品衛生法の基準を改め、2012年7月1日から生食用の牛レバーの販売・提供を禁止した。
なぜそう言える? 根拠を読む

厚生労働省によると、1998〜2011年に、生食用の肝臓などが原因の食中毒が128件報告されました。患者は852人です。厚生労働省は2011年7月に、生の牛レバーを出すのを控えるよう求めました。それでも2012年4月末までに、さらに4件の食中毒が報告されました。

決め手は、と畜場で解体した牛の肝臓の「内部」から腸管出血性大腸菌が見つかったことでした。この菌は、2〜9個を飲みこんだだけで食中毒が起きた例があります。牛の約1割がこの菌を持っているという報告もあります。肝臓の中の菌を確かめる方法も、洗って消毒する方法も、有効なものは見つかっていません。

そこで食品衛生法の基準が改められました。禁止には、家で食べる用に生食用として売ることも含まれます。2015年6月12日からは、豚の肉や内臓も生食用に売ることが禁止されました。豚にはE型肝炎ウイルスなどの危険があるためです。

35条件つき

「電車の優先席の近くでは携帯電話の電源を切る」

むかしの常識:平成の首都圏の電車

条件つきです。関東・東北・甲信越の鉄道37社局は2015年10月1日から、電源を切るのは「混雑時」だけに改めました。混んでいるときは、今も電源を切るよう案内しています。

今の考え
すいていれば電源を切らなくてよいが、混雑時の優先席付近では電源を切る。
いつ変わった
総務省が2013年1月に指針の距離を22cmから15cmに改め、鉄道37社局が2015年10月1日に案内を変えた。
なぜそう言える? 根拠を読む

もとになったのは、心臓ペースメーカーなど体に植え込む医療機器への心配です。総務省の指針は、携帯電話を植込み型医療機器から22cm程度以上離すよう求めていました。この22cmは、実験で影響が出た最大の距離15cmに、安全のための余裕を足した数字でした。

最大15cmの影響を出したのは、古い方式(第2世代)の携帯電話です。その方式は2012年7月にサービスを終えました。第3世代とそれより新しい携帯電話では、影響が出た最大の距離は3cmでした。総務省は2013年1月に指針を改め、22cmを15cmにしました。15cmは、医療機器の国際規格に合わせた数字です。

東急電鉄の案内によると、37社局はこの改正とスマートフォンの広がりを受けて案内を変えました。変更前は「優先席付近では携帯電話の電源をお切りください」でした。変更後は「混雑時には」が加わりました。車内での通話は、混み具合にかかわらず遠慮するよう求めています。

MOREほかの判定図鑑