Independence Day (USA) · Worksheet A1
解答・解説
1. B 2. A 3. D 4. B 5. B 6. C 7. B 8. C
True or False: 1. T 2. T 3. F 4. T 5. F 6. F
🎆 = fireworks 🌭 = hot dog 🔔 = bell 🦅 = eagle 📜 = paper 🥧 = pie 🍉 = watermelon 🎺 = trumpet
1. FREEDOM 2. PARADE 3. COLONY 4. SIGNATURE 5. PICNIC 6. HISTORY
(1) 4 (2) flag (3) parade (4) music (5) blue (6) barbecue (7) pie (8) dark (9) fireworks (10) birthday
HAPPY FOURTH(独立記念日おめでとう)
LIBERTY
Independence Day (USA) · Worksheet A2
和訳・全訳
1 1776年7月3日、ジョン・アダムズは妻のアビゲイルに手紙を書きました。ある日が永遠に記憶されるだろう、と彼は書きました。人々はそれを、競技や祝砲、鐘、明るい光で祝うだろう、と。でも、彼が書いたのは7月4日ではなく、7月2日のことでした。
2 7月2日、アメリカの13の植民地の代表たちが、イギリスから離れることを投票で決めました。2日後の7月4日、彼らはその理由を説明する文書を採択しました。それが独立宣言で、その大部分を書いたのはトマス・ジェファーソンでした。彼はまだ33歳でした。印刷された紙には1776年7月4日という日付があったので、人々はその日を覚えました。
3 もう1つ、驚きがあります。代表たちのほとんどは、7月4日に独立宣言に署名しませんでした。彼らはほぼ1か月後の8月2日に、清書された宣言に署名したのです。最終的に56人が署名しました。ジョン・ハンコックはとても大きく名前を書いたので、今では彼の名前が「署名」という意味になっています。その長さは約13センチもあります!
4 アダムズとジェファーソンは、のちに第2代と第3代の大統領になりました。そして不思議なことが起こりました。2人とも、独立宣言からちょうど50年後の1826年7月4日に亡くなったのです。ジェファーソンが先に亡くなり、アダムズはその数時間後に亡くなりました。
5 今、アメリカ人はこの祝日を Independence Day や the Fourth of July と呼びます。町では朝にパレードがあります。独立宣言を声に出して読み上げる町もあります。家族は裏庭でホットドッグやハンバーガーを食べます。夜には、赤・白・青の花火が空いっぱいに広がります。アダムズは日付をまちがえましたが、お祝いのしかたについては正しかったのです。
Independence Day (USA) · Worksheet A3
解答(パズル)
Independence Day (USA) · Worksheet A4
解答(発展セット)
1-b(pursuit=追求) 2-c(apply=あてはまる) 3-d(draft=草稿、下書き) 4-e(activist=活動家) 5-f(expose=さらけ出す、あらわにする) 6-g(ideals=理想) 7-h(urge=強く求める、うながす) 8-a(struggle=闘い、苦闘)
In 1776, the words all men are created equal did not include enslaved people or women. Later, women's rights activists and Frederick Douglass used the same words to demand their rights. So many Americans now see July 4 and Juneteenth as one story about a promise and the struggle to keep it.
1 独立宣言でいちばん有名な一文は、すべての人は平等に造られ、生命・自由・幸福の追求の権利を持つ、と述べています。しかし1776年、この言葉はすべての人に当てはまったわけではありませんでした。それを書いたトマス・ジェファーソンは生涯で600人を超える人々を奴隷にしており、ほとんどの州で女性には投票権がありませんでした。ジェファーソンの最初の草稿には奴隷貿易を非難する一節さえありましたが、議会は採択の前にその部分を削りました。
2 しかし時がたつにつれ、同じ一文が、取り残されてきた人々の道具になっていきました。1848年、セネカフォールズに集まった女性の権利の活動家たちは、それを「すべての男性と女性は平等に造られている」と書き換えました。1852年7月5日、かつて奴隷だった作家フレデリック・ダグラスは、ニューヨーク州ロチェスターの聴衆に、アメリカの奴隷にとって7月4日とは何なのかと問いかけました。彼の答えは、その祝いこそが、国の理想と現実とのあいだの溝をあらわにしている、というものでした。それでもダグラスは、独立宣言の考えを「救いとなる原理」と呼び、アメリカ人にそれにふさわしく生きるよう強く求めました。
3 だからこそ今、多くのアメリカ人は7月4日とジューンティーンスを1つの物語の2つの部分として見ています。1776年に交わされた約束と、それを守るための長い闘いです。