Hinamatsuri (Girls' Day) · Worksheet A1
解答・解説
1. A 2. D 3. B 4. C 5. B 6. C 7. A 8. D
True or False: 1. T 2. F 3. T 4. F 5. T 6. F
🎎 = dolls 🌸 = flower 🐚 = shell 🍣 = sushi 🏮 = lantern 👧 = girl 🌊 = river 📦 = box
1. DOLLS 2. PEACH 3. CLAM 4. FLOAT 5. EMPRESS 6. MARCH
(1) Canada (2) box (3) dolls (4) steps (5) top (6) rice (7) soup (8) shells (9) away (10) celebrate
HAPPY DOLL FESTIVAL(ひな祭りおめでとう)
PEACH
Hinamatsuri (Girls' Day) · Worksheet A2
和訳・全訳
1 毎年3月3日になると、日本の多くの家で特別な人形が飾られます。この日を「ひな祭り」と言います。英語では Doll Festival(人形の祭り)や Girls' Day(女の子の日)と呼ばれます。家族は、娘が健康で幸せに育つように願います。
2 人形は赤い布をかけた段の上に座ります。いちばん上には、天皇と皇后の姿をした人形がいます。その下には官女や5人の音楽隊、そして箱や車などのたくさんの小さな道具が並びます。大きなセットは7段で、人形は15体にもなります。
3 でも昔、こうした人形は飾るためのものではありませんでした。1000年以上前、人々は紙や草で簡単な人形を作りました。人形で体をなでて、自分の悪いものを人形に移したのです。それから人形を川に置き、流していきました。今もこれを続けている町があり、「流し雛」と呼ばれています。
4 ひな祭りは、特別な料理の日でもあります。多くの家庭で、色あざやかなご飯料理のちらし寿司と、はまぐりのお吸い物を食べます。はまぐりの貝は自分の相方としか合わないので、幸せな結婚のしるしなのです。子どもたちは、小さくて甘い米菓子のひなあられや、ピンク・白・緑の餅も楽しみます。
5 祭りが終わると、家族はすぐに人形を片付けます。人形を長く出しておくと女の子の結婚が遅れる、という古い言い伝えがあります。今では本気で信じる人はほとんどいませんが、それでも良いアドバイスです。乾いた箱にしまった人形は何年も美しいままで、おばあちゃんの人形を使っている家族もいます。
Hinamatsuri (Girls' Day) · Worksheet A3
解答(パズル)
Hinamatsuri (Girls' Day) · Worksheet A4
解答(発展セット)
1-d(missionary=宣教師) 2-e(alarmed=危機感をもった、心配した) 3-f(exchange=交流、交換) 4-g(fail to=〜しそこなう、〜できない) 5-h(respond=こたえる、応じる) 6-a(organize=(行事などを)まとめる、準備する) 7-b(destroy=壊す、破壊する) 8-c(individual=個人)
In 1927, Sidney Gulick sent about 12,000 American dolls to Japan to build friendship through children. Each doll had a passport, a ticket, and a letter. Japan sent back 58 dolls in kimono. During the war, many dolls were destroyed, but some survived because people hid them, which raises a question about culture and politics.
1 1927年、約1万2千体の人形がアメリカから太平洋を渡って日本へやって来ました。日本の子どもたちはそれを「青い目の人形」と呼びました。どの人形も、パスポートと切符、アメリカの子どもからの手紙を持っていました。この計画を率いたのは、日本で約25年暮らした元宣教師のシドニー・ギューリックでした。彼はアメリカで高まる反日感情に危機感を抱き、政治家が作れずにいる友情を子どもたちなら築けると信じていました。
2 人形はひな祭りに間に合うように到着し、多くの学校で雛人形の隣に飾られました。日本も同じ年、絹の着物を着た大きな人形58体をクリスマス前に届くように贈り返しました。実業家の渋沢栄一が、日本側で受け入れと答礼の両方をまとめる役を担いました。
3 しかし、物語は単純には終わりませんでした。両国の間で戦争が始まると、多くの青い目の人形が敵のシンボルとして壊されました。一部の人形は、人々がひそかに隠したおかげで生き残り、今では日本で数百体が確認されています。この出来事は今も大切な問いを投げかけます。政治が友情に背を向けたとき、文化はそれを守れるのでしょうか。