Thanksgiving · Worksheet A1
解答・解説
1. C 2. B 3. A 4. D 5. B 6. A 7. C 8. D
True or False: 1. T 2. F 3. T 4. F 5. T 6. F
🦃 = turkey 🥧 = pie 🌽 = corn 🍂 = leaf ⛵ = ship 🏈 = football 🥔 = potato 🎈 = balloon
1. TURKEY 2. HARVEST 3. PILGRIM 4. FEAST 5. THANKFUL 6. SETTLER
(1) Thursday (2) hours (3) turkey (4) pumpkin (5) table (6) thankful (7) card (8) stories (9) hug (10) football
HAPPY THANKSGIVING(ハッピー・サンクスギビング)
THANKS
Thanksgiving · Worksheet A2
和訳・全訳
1 1621年の秋、北アメリカにあるイギリス人の小さな村で、収穫のお祝いが開かれました。そこには約50人のイギリス人入植者がいました。そこへ、指導者ウサメクィンとともに、約90人のワンパノアグの男たちがやってきました。彼らは3日間とどまり、食事のために5頭のシカを持ってきました。
2 どちらのグループにも、つらい事情がありました。イギリス人は1620年、メイフラワー号という船でやってきました。最初の冬はひどく、約半分が亡くなりました。その数年前には、おそろしい病気で多くのワンパノアグの人々が亡くなっていました。そこで、2つのグループはお互いを守る約束を結びました。
3 今では、多くの人がこの食事を「最初の感謝祭」と呼びます。でも、国の祝日になったのはずっとあとのことです。サラ・ジョセファ・ヘイルという作家が、17年間、5人の大統領に手紙を送りました。1863年、ついにエイブラハム・リンカーン大統領が賛成しました。ヘイルは、有名な子ども向けの詩『メリーさんのひつじ』も書きました。
4 今、感謝祭は11月の第4木曜日です。何百万もの家族が国じゅうを移動して、七面鳥やマッシュポテト、パンプキンパイをいっしょに食べます。多くの人が、ニューヨークの大きなパレードやフットボールの試合をテレビで見ます。カナダでは、感謝祭はもっと早く、10月の第2月曜日にやってきます。
5 この日の思い出し方は、人によって同じではありません。多くのアメリカ先住民にとって、この日は自分たちが失ったものを考える時でもあります。1970年から、その一部の人々は、感謝祭の日にプリマスに集まり「全米追悼の日」を開いています。感謝祭のテーブルには、語られるべき物語が1つだけではないのです。
Thanksgiving · Worksheet A3
解答(パズル)
Thanksgiving · Worksheet A4
解答(発展セット)
1-c(firsthand=直接の、自分で見聞きした) 2-d(unite=まとめる、団結させる) 3-e(epidemic=伝染病の大流行) 4-f(devastate=(壊滅的に)打ちのめす、荒廃させる) 5-g(alliance=同盟) 6-h(strategic=戦略的な、計算した) 7-a(collapse=崩壊する、くずれる) 8-b(perspective=視点、見方)
The popular story of Thanksgiving was mostly created in the nineteenth century, and the only firsthand record of 1621 never calls it a thanksgiving. For the Wampanoag, the alliance came after a terrible epidemic and later ended in war. Today, some mourn and some celebrate, so teachers try to show both perspectives.
1 ピルグリムとアメリカ先住民が平和に食事を分け合う光景は、アメリカ文化で最もなじみ深い場面の1つです。しかし、1621年の集まりについての当事者の記録は、入植者エドワード・ウィンズロウの短い手紙しかなく、そこではこの出来事を一度も感謝祭とは呼んでいません。「最初の感謝祭」の物語は主に19世紀に形づくられました。作家や政治家が、分断された国をまとめるシンボルを探していた時代です。
2 ワンパノアグにとって、背景はまったく違いました。わずか数年前に疫病が共同体に壊滅的な打撃を与えており、新参者との同盟は、弱い立場から下された戦略的な決断でした。2世代のうちに、その同盟は植民地時代のニューイングランドで最も血なまぐさい戦争の1つへと崩れていきました。
3 だからこそ、1970年から一部のアメリカ先住民は、感謝祭を「全米追悼の日」として過ごしています。一方で、収穫に感謝することは1621年よりずっと前から先住民の暮らしの一部だったと指摘し、祝うことに矛盾はないと考える人もいます。今では博物館や教師が両方の視点を伝えようとすることが増え、この祝日を単純な神話ではなく、率直な対話の出発点として扱っています。