Juneteenth · Worksheet A1
解答・解説
1. B 2. C 3. D 4. A 5. B 6. C 7. B 8. C
True or False: 1. T 2. T 3. F 4. T 5. T 6. F
📜 = order ⭐ = star 🥤 = soda 🍰 = cake 🚢 = ship 🎺 = trumpet 🌾 = harvest 🚶 = walk
1. FREEDOM 2. SOLDIER 3. PARADE 4. HOLIDAY 5. HARVEST 6. JUBILEE
(1) June (2) park (3) dress (4) barbecue (5) soda (6) parade (7) story (8) free (9) celebrate (10) proud
JUBILEE DAY(歓喜の日(ジューンティーンスの最初の呼び名))
FREEDOM
Juneteenth · Worksheet A2
和訳・全訳
1 1865年6月19日、北軍の兵士たちがテキサス州の港町ガルヴェストンにいました。その日、ゴードン・グレンジャー将軍が大きな知らせを伝える命令を出しました。それは、すべての奴隷は自由であると告げていました。当時テキサスには、およそ25万人の奴隷にされた人々が暮らしていました。
2 でも、この話には意外な部分があります。エイブラハム・リンカーン大統領の奴隷解放宣言は、1863年1月1日に始まっていました。それは900日も前のことでした!では、なぜテキサスはそんなに遅れたのでしょう。テキサスは遠く、北軍の兵士はほとんどいませんでした。兵士がいなければ、だれも奴隷主に法律を守らせることができなかったのです。
3 知らせは、全員に同じ日に届いたわけではありませんでした。綿花の収穫が終わるまで、それを秘密にした奴隷主もいました。人々がやっとそれを聞いたとき、ぼうぜんとする人もいれば、喜びでいっぱいになる人もいました。多くの人がすぐに出発し、家族を探しに行きました。
4 1年後、テキサスの解放された人々が最初のお祝いを開きました。彼らはそれをジュビリー・デーと呼びました。のちに人々は June と nineteenth という言葉を合わせて、ジューンティーンスという新しい名前を作りました。1872年、ヒューストンのあるグループが1,000ドルを集め、公園のための土地を買いました。彼らはそれをエマンシペーション・パークと名づけました。
5 長いあいだ、ジューンティーンスはおもにテキサスの記念日でした。そして89歳のとき、オパール・リーという女性が、テキサスからワシントンD.C.への長い旅を始めました。彼女は国の祝日を求めていたのです。2021年、その夢はかない、彼女は大統領のとなりに立ちました。今では家族でパレードやバーベキュー、ストロベリーソーダのような赤い飲み物を楽しみます。
Juneteenth · Worksheet A3
解答(パズル)
Juneteenth · Worksheet A4
解答(発展セット)
1-e(proclamation=宣言、布告) 2-f(effect=効果、影響) 3-g(troops=軍隊、部隊) 4-h(wages=賃金) 5-a(enforce=(法律などを)守らせる、施行する) 6-b(segregation=(人種などによる)隔離) 7-c(recognition=承認、評価) 8-d(symbolic=象徴的な)
Juneteenth shows that a law needs action. In Texas, the Emancipation Proclamation did almost nothing until soldiers arrived in 1865. The order that freed people also limited them, and later laws took away their rights. Today, some people say the 2021 holiday needs real progress to be more than a symbol.
1 ジューンティーンスは、居心地の悪い問いを投げかけます。法律はいつ、実際に人々の暮らしを変えるのか、という問いです。奴隷解放宣言は1863年に署名されましたが、テキサスでは2年半後に連邦軍が来るまで、ほとんど効果がありませんでした。奴隷制を続けられる安全な場所だと考えて、テキサスへ移った奴隷主さえいました。
2 自由を告げた命令そのものにも、限界がありました。一般命令第3号は平等な権利を約束しましたが、解放された人々に今いる場所にとどまって賃金のために働くよう告げ、軍の基地に集まらないよう警告もしました。最初のころから祭りは町の中心から追い出されることが多く、黒人の共同体はお金を集めて自分たちの土地を買いました。そして数十年のうちに、南部では新しい法律が黒人市民の投票権をうばい、人種隔離を強いるようになりました。
3 2021年にジューンティーンスが連邦の祝日になったとき、遅すぎたほどの正式な承認だと歓迎する人々がいました。一方で、投票権や教育、資産などの分野での実際の前進がともなわなければ、休日は象徴にすぎないと主張する人々もいました。ある意味で、この祝日そのものが1865年の教訓をくり返しています。紙に書かれた言葉は大切ですが、現実になるには行動が必要なのです。