Carnival & Mardi Gras · Worksheet A1
解答・解説
1. B 2. D 3. A 4. C 5. B 6. D 7. B 8. C
True or False: 1. T 2. T 3. F 4. T 5. F 6. F
🎭 = mask 🥁 = drum 🥞 = pancake 💃 = dancer 🍊 = orange 🎺 = trumpet 👑 = crown 🎉 = party
1. SAMBA 2. MASK 3. BEADS 4. PARADE 5. LENT 6. FLOAT
(1) Germany (2) November (3) costumes (4) pirate (5) street (6) parade (7) throw (8) ten (9) flower (10) season
HAPPY FAT TUESDAY(楽しいマルディグラを!)
SAMBA
Carnival & Mardi Gras · Worksheet A2
和訳・全訳
1 2月か3月のある火曜日、たくさんの町がちょっとおかしくなります。リオデジャネイロでは、人々が通りでサンバを踊ります。ニューオーリンズでは、大きな山車から飛んでくるビーズを受け止めます。ヴェネツィアでは、美しい仮面の後ろに顔をかくします。そしてイギリスでは、パンケーキをひっくり返します。なぜみんな同じ日にお祭りをするのでしょう。
2 答えは「四旬節(レント)」です。四旬節は、イースターの前の40日間です。昔、多くのキリスト教徒は、四旬節の間、肉や卵やバターを食べませんでした。だから四旬節が始まる前に、最後の大きなパーティーを開き、家にあるごちそうを食べつくしたのです。このお祭りがカーニバルです。この言葉は、たぶん「肉を取り除く」という意味のラテン語から来ています。
3 リオには世界最大のカーニバルがあります。毎日約200万人が通りを埋めつくします。夜には、サンバ学校が「サンボードロモ」という細長い会場を行進します。どの学校にも、何千人ものダンサーと太鼓の奏者がいます。持ち時間は約75分で、音楽と衣装を見せ、審査員が点数をつけます。
4 ニューオーリンズでは、最後の日をマルディグラと呼びます。フランス語で「太った火曜日」という意味です。山車の上の人たちがプラスチックのビーズを投げ、祭りの色は紫・緑・金です。イタリアのヴェネツィアでは、人々が仮面と長いマントを身につけます。昔は仮面があまりに流行したので、町が仮面についての法律を作ったほどです。
5 イギリスでは、この日をシュローブ・チューズデー、またはパンケーキデーと呼びます。家族でレモンと砂糖をかけた薄いパンケーキを作ります。オルニーという町では、女性たちがフライパンを手に競走をします。言い伝えでは、1445年、忙しく料理をしていた女性がフライパンを持ったまま教会へ走ったのが始まりです。翌朝、お祭りは終わり、四旬節が始まります。
Carnival & Mardi Gras · Worksheet A3
解答(パズル)
Carnival & Mardi Gras · Worksheet A4
解答(発展セット)
1-g(ordinary=ふつうの、一般の) 2-h(express=表現する) 3-a(elegant=上品な、優雅な) 4-b(colonial=植民地の) 5-c(ban=禁止する) 6-d(eventually=最終的には、やがて) 7-e(parody=パロディにする、まねてからかう) 8-f(exclusion=排除、締め出し)
Carnival reverses the normal social order, so people with little power have used it to express themselves. In Trinidad, freed Africans took their music to the streets, and a drumming ban led to the steelpan. In New Orleans, Black residents formed the Zulu club, which became a symbol of the city.
1 カーニバルは、いつの時代も単なるパーティー以上のものでした。数日のあいだ、ふだんの社会の秩序をひっくり返すのです。仮面は身元をかくし、ふつうの人が王様に選ばれ、権力者をからかう冗談も許されます。だからこそ、力の弱い人々は、しばしばカーニバルを自分たちを表現する場として使ってきました。
2 トリニダードでは、奴隷にされたアフリカの人々は、農園主たちの優雅な舞踏会から締め出されていました。1834年に奴隷制が終わると、解放された人々は自分たちの太鼓や歌、棒術を通りに持ち込みました。1881年に植民地政府が太鼓を禁止すると、音楽家たちは代わりに竹の棒をたたきました。1937年ごろには、フライパンやごみ箱のふた、ドラム缶を鳴らすバンドが現れ、これがやがて今の国民的楽器スティールパンにつながりました。
3 似た話はニューオーリンズにもあります。1909年、町のエリートのクルーから締め出されていた黒人の住民たちがズールーを結成し、レックスの王様の行列を堂々とパロディにしました。ズールーの山車に乗る人たちは今も絵付けしたココナッツを手渡しており、それはシーズン全体でも特に欲しがられる宝物になっています。今ではズールーは最も人気のあるパレードの1つで、締め出しから生まれた祭りが、町全体の象徴になりうることを示しています。