Bastille Day · Worksheet A1
解答・解説
1. A 2. B 3. D 4. B 5. B 6. C 7. B 8. C
True or False: 1. T 2. F 3. T 4. F 5. T 6. F
🇫🇷 = flag 🗝️ = key 🎆 = fireworks ✈️ = jet 🥖 = bread 👑 = king 🚒 = fire engine 💃 = dance
1. PRISON 2. PARADE 3. FRANCE 4. LIBERTY 5. FESTIVAL 6. FORTRESS
(1) Paris (2) party (3) music (4) dance (5) parade (6) smoke (7) grass (8) cheese (9) fireworks (10) Tower
VIVE LA FRANCE(フランスばんざい)
LIBERTE
Bastille Day · Worksheet A2
和訳・全訳
1 1789年7月14日の朝、怒った群衆がパリの通りを埋めつくしました。彼らは約3万丁の銃を持っていましたが、火薬がありませんでした。そこで彼らは、古い石の要塞で牢獄でもあるバスティーユへ向かいました。その中には250樽の火薬があったのです。
2 人々はバスティーユを攻撃し、戦いは数時間続きました。その日の夕方近く、人々はついにバスティーユを手に入れました。多くのフランス人にとって、バスティーユは王の力の象徴でした。ところが扉を開けると、囚人はたった7人しかいませんでした!それでもその知らせはすぐに広まり、フランス革命は前へと進みました。
3 1年後の1790年7月14日、フランス中から人々がパリにやって来ました。今度は、戦いはありませんでした。彼らは、1つにまとまった国を祝う大きな祭りを開きました。国王でさえ、新しいきまりに従うことを誓いました。
4 1880年、フランスは7月14日を国の祝日にしました。それは1790年の祭りから90年後のことでした。でもその法律は、どの7月14日のことなのかを書きませんでした。そのため、この日は1789年の戦いと1790年の平和な祭りの両方を記念しています。フランスの人々は、この日を7月14日、または国民の祝日と呼びます。
5 今、この日はパリの大きなパレードで始まります。ジェット機が、青・白・赤の煙を出して町の上を飛びます。夜には、人々は消防署で踊り、エッフェル塔の花火を見ます。日本では、この日をフランス映画の題名から「パリ祭」と呼びます。でもフランスでそう言っても、だれにも通じません!
Bastille Day · Worksheet A3
解答(パズル)
Bastille Day · Worksheet A4
解答(発展セット)
1-c(divided=分断された、意見が分かれた) 2-d(conservative=保守派の人) 3-e(disorder=混乱、無秩序) 4-f(moderate=穏健派の人) 5-g(uphold=守る、支持する) 6-h(constitution=憲法) 7-a(strategic=戦略的な) 8-b(ambiguity=あいまいさ)
In 1880, France was divided, and many conservatives saw the storming of the Bastille as violence. So the holiday law named July 14 but no year. Republicans could remember 1789, and moderates could remember the peaceful festival of 1790. This clever ambiguity lets different groups celebrate together on one night.
1 1880年に第三共和政が7月14日を国の祝日にしたとき、国はまだ深く分断されていました。フランスは1871年にプロイセンとの戦争に敗れ、多くの保守派はまだ王政の復活を夢見ていました。彼らにとってバスティーユ襲撃は、自由ではなく暴力と混乱を表していました。新しい政府には、ほとんどの国民が受け入れられる祝いが必要でした。
2 議員たちは、この問題を巧みな「沈黙」で解決しました。法律は日付だけを示し、年を書きませんでした。共和派は1789年の民衆の勝利を思い出すことができ、穏健派は国王自身が新しい憲法を守ると誓った1790年の連盟祭を挙げることができたのです。歴史家アンリ・マルタンは上院で、2つめの日付は一滴の血も流していないと述べました。つまり、それぞれのグループが、同じ短い法律の中に自分たちの7月14日を見つけることができたのです。
3 このような戦略的なあいまいさは、国のシンボルによく見られます。人によって少しずつ違う意味を持つ祝日でも、人々を同じ夜に同じ通りへ集めることはできるのです。エッフェル塔の上の花火は、だれにも「どの7月14日を祝っているのか」とはたずねません。